第105話 新たなる世界
試合会場に降り立ったあいつの姿をとったそれ、は腕組みをしながらゆっくりと試合場を歩き始めた。
おそらく、自分で生み出しているのだろう。スポットライトがそれを追いかける。
「ここまでの出し物は、実に面白かった。」
あいつそっくりの声でそう語る。
「ぼくの考えた新たなる“魔王”の創造方法が、互いを食い合わせることによる強化だと、気付いたのは見事だ。こちらからのヒントがあったとはいえ、その舞台が銀灰であることを察知して、戦力を集中させる。これもまた戦略としては正しいのだろう。」
「失礼ながらか」
壊乱帝が立ち上がり、声をかけた。
「あなたはどなたかな?」
少年は顔をあげて答えた。
「世界の声。」
「と、名乗る邪教の信徒か。」
「信徒、か、信徒、信徒、信徒。いや実に面白いね。
だれかが、いつかこの国に福音をもたらすぼくのことを、予知して『世界の声』と呼んだのか。それともまったくの偶然か。
ぼくは、ぼくはね。
『神』だよ。もちろんぼくはここで信者がほしいわけじゃない。だから真名は明かさない。」
「福音か。」
壊乱帝の唇が歪んだ。
「どこの神だかは知らぬが、その性根は、我ら銀灰の神、トト神のごとくねじ曲がっているな。」
バンティルが、うれしそうにわたしを見上げた。
「褒められちゃった。」
「まったく褒められてないよ。おい! 世界の声!
神さまって、ここじゃあ、そんなに偉くないぞ。あと珍しいものでもない。」
わたしの大好きな駆け出し冒険者は、にやっとわたしたちに笑いかけた。
「アキルと‥‥トトまでいるのか。
だが、これは、人の世のこと。
ぼくは、おまえと事をかまえるつもりはまったくないんだ。」
「よく言うよ、世界の声。
人の世にありえない干渉を行ってきたのがおまえだろうに。」
バンティル。よく言ってくれた。わたしが言いたかったんだけど、わたしはほら、あくまでも異世界人の勇者アキルであってさ。
長年の実績によって、積み上げられた自分の悪評には辟易する。
壊乱帝は、続ける。
「街を破壊し、臣民の命を奪う。それの何処が福音なのだ。神を詐称する存在よ。」
「壊乱帝よ。おまえも為政者ならば、少しの犠牲でより多くの利を得る道を心得ているだろう。」
優しげな少年の顔には、見たくもない笑みが浮かんでいる。
「ぼくは、人の文明に統一国家が必要だと判断した。ぼくの作り出した、おまえたちが『魔王』とよぶ存在は、その礎となり、この銀灰を中心とした帝国は、その中心となって栄華を極めるのだ。」
「なるほど。」
壊乱帝は、逆上することなく、逆に真剣に考えこんだ。
「ならば、神を名乗るものよ。『魔王』とはいったいなにか?」
「既存の体制を、常識を、しきたりを、打ち壊すものだよ、壊乱帝。」
そう、語る少年を、フィオリナが食い入るように、見つめている。
いいぞ! フィオリナ。思い出せ。おまえが愛して、おまえが裏切った男が目の前にいるんだぞ!
「いったんは、すべてを破壊する。ゆえに新しき覇者は『魔王』とよばれ、忌み嫌われる。だが、流血も弾圧もほんの一時期のこと。そののちには、新たなる可能性に満ちた新しい世界が幕を開く。」
「口舌が達者だな。」
口を開いたのはリウだった。
「そのためになぜ、こんな手の込んだマネをする。」
「確かにいまの世にも、英傑は数多い。
例えば、北の狼クローディア大公。例えばギウリークのガルフィート伯爵。例えば、鉄道公社のアイザック・ ファウブル。そう。
いまそこにいる壊乱帝。お主もその1人かもしれない。」
少年は芝居がかった仕草で、両手をあげた。
「だが、みな優しすぎる。多少の改革はできても、この世を作り替えることはできない。できるのは、『魔王』と呼ばれる存在のみ! 定期的に復興と荒廃を繰り返すばかりのヒトに、ブレイクスルーをもたらす事ができるのは、『魔王』だけなのだ!」
「それは大変結構だな。」
リウの頬がひくひくと痙攣していた。
笑いだしたいのを我慢してるのか、怒り出したいのを我慢してるのか。
それは、わたしにもわからない。
「なら、いい手段がある。
オレが代わりにやってやろうか?
その人類圏統一国家とやらを。」
虚をつかれたように、少年は一瞬、黙り込んだ。
「リウ。
おまえにできるのは破壊だけだ。新たなる秩序の構築はできない。」
確かに。
歴史に残るリウの所業は、たしかに魔王と呼ばれるに相応しい、非道に満ちていた。
だが、その理由が、自分の魔素により、強化された魔族たちの暴力衝動を己以外に向けるためだったと。
誰が知ろうか、哀しき覇王。
「馬鹿らしいです。」
神さまの発言に、そうはっきり言ったのは、壊乱帝の護衛についたもう一人よ仮面の女だった。
風の魔法を使って、一気に試合場にまで飛び降りた。同時にマントと仮面をはぎ取る。
細面の理知的な顔立ち。
身体を包むのは、銀色のボディスーツ。
それは神獣ギムリウスの糸で織られていた。
ドロシー!!!
いくらなんでも、神さまに意見すんのか!?
あんたはタダの人間だぞ!?
「話が逆さまです、世界の声。」
声を荒らげることなく、にこやかに。銀雷の魔女は微笑んだ。
「人の子がぼくと対峙するのか?」
「どういうわけか、対峙できます。わたしはあなたのことが、ぜんぜん怖くないのです。その姿も論法もただの借り物だってわかるから。」
ざまあ!
世界の声!
誰でも名を知る大神が、人間の女の子に意見されてやがんの!
「……話が逆さまとはどういう意味だ。」
「あなたはリウが怖いんです。彼がぶち壊し好きのどうしょうもない暴君だというのとはさておき」
「さておくな!」
リウの抗議を無視して、ドロシーは話を進める。
「力をつけたリウによって、自分たちの領域を侵されるのが怖かったんでしょう?
そのために、リウを倒せる力をもったものを作り出そうとした。
それが、カザリームで。ランゴバルドで。銀灰皇国で。
流血と破壊を振りまいた魔王の卵です!」
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