第207話 真祖の恋人

クックック・・・・・


笑い声は、低かったが耳障りだった。

夜も更けて、店内は大盛りあがりだ。中央のステージでのショーも佳境にはいったようで、嬌声が飛び交う。

だが、その中でもその笑いは、確かに響いた。


声の主は『隠者』ヨウィスだった。

だが、深く被っていたフードは引き上げられ、いつもは、無表情か憂鬱そうにしかめられたその顔に、楽しそうな笑みがうかんでいる。


「楽しい。」

心からうれしそうに、ヨウィスは言った。もともと顔立ちは整っているのだ。晴れやかな笑みを浮かべた表情こそ、彼女にとってふさわしい。

だが、それは・・・・。

「ここのみんなは、『ぼく』を怖がらないので、大変よろしい。」

そう言いながら、またクスクスとヨウィスは笑った。

「フィオリナとアウデリアも、もうちょっとリラックスしてくれると、うれしい。あと、ロウ=リンドも。」


「言っておくが、わたしはおまえにもフィオリナにも、負けたわけではないからな!」

ロウがムキになって言い返した。そう。

ロウ=リンドは、かつて迷宮内の「試し」で、ヨウィスと戦っている。もともと切断が鮮やかすぎるヨウィスの鋼糸は、再生力に優れた吸血鬼には相性の悪い武器だった。

だが、「ぼく」の人格となったヨウィスの鋼糸は、吸血鬼の再生能力をも無効にした。


危うく「ラウル」を呼ぶことで、完全な力を取り戻したリンドは、それでもなお、ヨウィスに勝ち切ることはできなかった。


「まず聞きたい。ルウレン、おまえの提案は、確実にフィオリナのパーティの弱体化を行うものだが、それをフィオリナが、はい分かりましたと飲むと思うのか?」


「もちろん、フィオリナさまのパーティにとっては不利益です。だから、こうして各パーティの集まる場で提案しています。」


ルウレンは、あっさりと認めた。


がくん。

と、ヨウィスの顔が項垂れた。

華奢な手がのろのろとフードを被りなおりして、顔を隠す。

「『ぼく』は、楽しいらしい。」

それは、いつものグランダの名冒険者、鋼糸と無限の「収納」をもつ「隠者」ヨウィスだった。

「あんまり楽しいので、殺戮衝動が抑えられなくなりそうなので、わたしに代わった。

ルウレン?」


はい、と、少年は答えた。


「おまえは、ルトに似ている。」


はい? と少年は首をかしげた。


「要するに、いまのままでは、フィオリナのパーティがあまりにも有利になりすぎている、というのだろう?」


「どのようなパーティを組んだって、それは参加者の自由だろう?」

ベータが抗議した。


「『踊る道化師』ですよ、問題は。踊る道化師は、このカザリームでは特別な存在だ。」

「名前は売れているが、単なる銀級冒険者だよ?」

「ここに来て、ぼくも初めて知りました。」


ルウレンは、ため息をついた。そんな仕草はたしかにルトに、似ているな、とロウは思った。


「『ガルハド幻影宮』から、魔法球を持ち帰るクエストに、迷宮主から直接アイテムをもらったり、『ジャラドス歪冥宮』の空隙に巣食った階層主クラスの」蜘蛛の魔物を退治もせずに、自分たちの仲間にして連れ帰ってしまう。そのあと、空隙全体を、『巣』を利用したホテルに改装して、とんでもない利益をあげてるとか。」

「たまたま、『ガルハルト幻影宮』の迷宮主が、リウの部下の転生体だったり、ディクックがギムリウスの『ユニーク』だったりしただけだ!」


ルウレンは、うんうんと頷いた。

「どうでしょう。『沈黙』のアシュベル閣下。こんなやつらをまともにトーナメントに出させてもいいものでしょうか?」


話しかけられると思っていなかったのか、カザリームの治安を担当する『沈黙』の大幹部は、ギョッとしたように、ルウレンを見返した。


「失礼ですが、あなたは、『踊る道化師』の・・・・・」

「ぼくは、街についたばかりの魔法士見習いです。」


ルウレンは、困ったようだったが、気を取り直して、続けた。

「さて、そんな歩く災厄、呼吸する天変地異たる『踊る道化師』が、フィオリナのパーティにだけ、2名も存在している。これはいくらなんでも不公平だし、こと、勝敗という点に関しては著しく興をそぐ。例えば、当然、今回のトーナメントは、賭けの対象になるのでしょうが、どうですか?

どこが優勝するか分からない試合と、最初からほぼぼほ、優勝の決まった試合では?」


これには、アシュベルも真剣な面持ちになった。

少年の言うことは、もっともだ。


「屁理屈もいいところだが、面白いな。」

アモンも楽しそうだ。

「奇しくも、四バーティは、みな『踊る道化師』のメンバーを抱えている。

リンドのパーティは、ロウ=リンド自身がそうだし、クロノのところは、ドロシーがいる。サノスのところは、奇しくもわたしが、『踊る道化師』の一人だ。」


「あなた様が『踊る道化師』の一員ですと?」

サノスは、アモンを見ながら怯えたように言った。

「そうだぞ。まだきちんと言ってなかったかな。リウも一緒なのは、話したか?」

「いったい、なんですかっ! その馬鹿みたいなパーティは!」

「それは、リーダーのルトに言ってくれ。もともとは、王位の継承に絡んで『最強のバーティ』を構成するように、先代のグランダ王から、命じられた結果がこれだ。」

アモンは、身震いした。

「正直、わたしもやり過ぎだとは思うぞ。ルトには、絶対に無理難題は押し付けてはダメだな。どんなに無理に見えても解決はしてしまうが、その結果がさらに問題を生み出してしまう。」


「そうなのです!」

ルウレンは、叫んだ。

「フィオリナのパーティだけが、フィオナリナ姫とベータさん、2名もの『踊る道化師』を抱えている。ならば、5人目のメンバーくらいは、普通の人間を選んでくれたっていいんじゃないですか!?」


一同が、黙ってしまったのは、ルウレンの屁理屈に多少の理を認めたからだろう。


ロウが、胸をはった。

「どうだっ! わたしの新しい彼の頭の冴は!」

「ぼくは、ロウさんの彼氏じゃありません。」

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