【人形始末6】切断するもの

マヌカは、ほどなく目を開いた。

「“聖者マヌカ”なんだろ?

あとの治癒は自分でやれ。」

冷たいようだが、ここまで治療を施してくれただけでも、この坊やは『甘い』と、言わざるを得ない。

あるときは、徹底的に残虐になれぬリーダーは、『燭乱天使』には望ましくない。

リーダー候補から、ルトを真っ先に外した自分の判断はまちがっていなかった、と思うマヌカである。


「あ、姉御っ!」

泣きそうな顔の用心棒頭の、肩を叩いて、マヌカは頷いてみせた。

「失態だったが、無駄では無い。

ヤツカ峠の賊の正体が、判明した。」


「へえ?」

と、フィオリナが笑う。

「偵察用の使い魔を撃墜されただけでなにかわかったの?」

「ああ。わたしの虫たちは、なにも見えなかった、なにも聞かなかった、なにひとつ、感じることはできなかった。」

「出来ないだらけじゃない?」

フィオリナは、嘲った。

「それでどうしたの?」


険悪なムードになり掛けたが、ルトが割って入った。


「種明かしは先に、取っておこう。」

ルトは、隊商の前方に歩き出した。フィオリナ、マヌカ、それに用心棒頭も後を追った。


「マヌカ。虫どもが落とされた場所は分かるか?」


マヌカは、草むらの一点を指差した。シャツのタイと襟ははだけたままなので、その下の膨らみとそれを支える濃紺の下着がよく見える。

ルトは、草むらから二つに割られた虫の死骸を摘み上げた。


「剣筋はきみのよく似ているように見える。だが、きみ ではない。」

「あたりまえだ、わたしはここにいる!」

「マヌカ! あとはどこだ? 虫が落とされた場所は!?」


マヌカは、そこここを指差した。一堂の顔色が変わる。


そうなのだ。


マヌカの偵察用に放った使役獣が、斬られたのは、一箇所ではない。

十数箇所。てんで別の場所で、次々と虫たちは葬り去られた。


ルトは辛抱強く、そのうちの何匹かを、マヌカと一緒に探して、綺麗に割られたその死骸を確かめた。


「全てが剣による斬撃。」

ルトは、一同を見回したそう言った。

「相当な使い手で、おそらくは同一人物の手による。何か言いたいことはあるか? フィオリナ。」


「確かにわたしの剣すじに似ている。」

フィオリナは、渋々認めた。

「正確には、昔のわたしの剣筋だ。速度だけを頼りに、目標を叩き切るやり口だな。」


「ふ、フィオリナ!?」

用心棒の顔色が変わっている。

「クローディア大公の・・・」


「そのフィオリナで、それ以外にフィオリナがいてもらっては困る。」

と、ルトが言った。


「しかし・・・ランゴバルドに留学中のはずの大公家の姫君がなんで・・・」


「いずれ、クローディアから正式に発表があると思うが、わたしは、大公家から放逐された身の上でなあ。」

カラカラと笑いながらフィオリナは言った。

「後継者には、白狼騎士団副長のアイベルが立つことになっている。わたしは、いつ、どこで野垂れ死にしても預かり知らんとの事だ。

おかげで、留学の費用も自分で稼がねばならない、こんなふうにだ、な。」


「そ、それはなんというか・・・」

用心棒頭は、口ごもった。

「何があったのかは存じませんが、お気の毒様です。」


「気の毒なことがあるものか!

わたしにはもともと姫君なんか似合わなかったんだからなっ!」


「おい、ルト!」

マヌカは、ルトのそでを引っ張った。

「今の話は本当なのか?」


「なにを驚きます?

ぼくと、フィオリナが結婚したあとに、アイベル副長を、後継者にたててるなんて、前々からあった話でしょう?」

「おまえが、グランダの王位を継いでフィオリナが王妃としてたった場合の話だろう?

いまのおまえは、グランダ王室を離れた一介の冒険者。クローディアは公爵ではなく、クローディア公国の大公さまだ。」


「なるほど。それに合わせてくれたのかな?

クローディアの親父殿も粋なはからいをしてくれる・・・」


マヌカは、天を仰いだ。

だめだ、こいつらは。全然、常識の通じる相手ではない。


そうこうしている間に、荷駄列の先頭から用心棒のひとりが走ってきた。


「驢馬ともの怯えが収まったようです。先にすすめます。」

そうして、再び一行は進み始めた。

だが、いくらもいかないうちに、倒れた朽木が、道を塞いでいる場所に遭遇した。

人間は、よじ登ってでも通れるが、驢馬はそうはいかない。

かなりの太さの木でどけるのは、一苦労と思われたが、マヌカが先程の使役獣を呼び戻して、木を始末させた。

溶解液で、木を溶かしたあとで、ドロドロになったそれを啜り上げるという食事法で、見ていた何人かは気分が悪くなってようだが、マヌカは気にしなかった。


だが、そのまま進むと今度は、切り通しが、土砂で埋まっている箇所に遭遇した。

マヌカは、顔を顰めている。


土砂は大量であったが、どけることはできる。マヌカは、ほとんどすべての魔法に精通している。

だが、さきほどから、途中で何度も足止めを食らっている。

この分では、日が落ちる前にヘルガの街に辿り着くのは難しい。

つまりは、ヤツカ峠の近辺で野営をはらねばならないのだ。



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