【人形始末5】襲撃


馬車が何台も行き交う主街道はともかく、山道を通るこんなところには、関所も国境もない。

峠のこっちがグランダ、峠を越えれば隣国ブブルウ侯国となる。

その最寄りの街までは、グランダ王都から、このヤツカの峠越えの道なば、一日で着くのである。

誠に大らかな北国である。


もっともグランダもブブルウも、国土だけは広い。ブブルウの首都までは、そこからさらに10日も旅をする必要がある。

勢い、この国境の街ヘルガは、ブブルウよりも、グランダとの交易、人の交流は盛んだった。

外交上の密使は、この街でやり取りをし、また先の述べたように、宵越し祭りを飾る新作タペストリーは、グランダ王都から直に入ってくる。


ルトにせよ、フィオリナにせよ、この道を通るのは初めてではない。

それにしても、王都から徒歩圏内のこの場所に、山賊の類が出るということ、そしてグランダがそれを放置していることが、一国の管理者としてはあまりにも杜撰だ。

公爵家の御令嬢として育ったフィオリナなどは、それを聞いただけでも不愉快であったし、何しろ、フィオリナとして育ったフィオリナなので、そのまま右手に愛剣、左手にルトを担いでそのまま討伐にでも出かけたかもしれない。


「頻度が高いのか、というとそれほどでもないんだ。」

と、荷物、主に反物や絨毯の類を、背負子に高く積み込んだ驢馬やそれを誘導しながら、自らも重い荷物を背負った男女のあとを、歩きながらルトは言った。

「ここみたいなちゃんとした商会が列を作って往来してるときが、狙われている。王都近くの農家が、自分の畑で採れた作物をヘルガの市に運んでも、襲われたケースは1度もない。」


ちなみに、ルトやフィオリナ、マヌカは、まったくの手ぶらである。

一日の行程なので、着替えも必要ないし、なにしろ彼らには「収納」という、魔法があるのだ。

もっともこれは、誰にでも使える魔法ではなかったし、魔法を展開しているだけで、けっこうな魔力を消費するため、できるだけ身軽でいたい迷宮探索中などをのぞけば、そうそう日常的に使うものは少なかった。


「マヌカの姉御!」

先頭を歩いていた商会の用心棒が、走りよって来た。

「馬どもが、足を止めちまって動かねえ。どうと空気もいやあな感じだ。」

用心棒頭という地位に、ふさわしい泣く子もさらに泣かすような髭づらだが、これでも魔法寄りの戦いをする人物だ。


マヌカは、頷いて、懐からザラザラとくすんだ銀色の豆のようなものを取り出して、足元に撒いた。

「なんです? そりゃあ・・・うわああっ!」


豆のように見えたのは、虫のたまごだった。それが一斉に孵化し、なかから、イモムシに羽根が生えたような生き物になり、一斉に飛び立った。


虫の群れは、マヌカの周りを回ったあと、一斉に四方八方に飛び去っていった。

「わたしは、あれらと感覚を共有できる。」

マヌカは淡々と語った。

「逆にあれらは、羽音をほとんど出さず、樹木に溶け込み、相手に接近できる。攻撃のための器官は備えていないが、偵察のためには十分だ。」


「そうかな?」

と、ルトは疑問を呈した。

「それだけの個体と感覚を共有してしまってしまったて、もしその個体が、ダメージを受けたら」


「言っただろう? 虫は極めて視認しにくく、羽音も保とほとんど、出ない。つまりこちらから仕掛けなければ、まず攻撃を受ける心配は、」

ぐうっ、とマヌカは苦悶の声をあげると、胸を押さえて蹲った。

「ばかな‥虫が斬られた、だと。こちらは相手を視認もしていないのに。」


「姉御!」

商会の用心棒が、駆け寄った。

「敵襲・・・ですかい?」


「見えない・・・相手だ。」

マヌカは、指で印を組みながら、ブツブツとつぶやいた。

だが、今度は、続け様に激しい痛みに襲われたように、地に倒れた。

「なぜ・・・敵は、一体ではいのか。」


「使い魔とのリンクを遮断しろ、マヌカ!」

ルトが叫んだ。


「できない・・・」

「できない・・・とは?」

「わたしの使役獣は、生まれた瞬間からわたしの子であり、わたしの一部だ。切り離すことなど。」


カッと目を向いて、マヌカは立ち上がった。

「こちらから攻撃する。溶解液を噴出する嘴程度しか、武器は持たぬが、それでもこの数を殺到させれば。」


さっき、攻撃の武器は備えていないと、言ってが。

ルトは呆れた。溶解液を吐き出す嘴程度は、武器のうちに入らないのか。まったく「燭乱天使」とは物騒な。


マヌカは、体を起こして、再び印を組み、何やら使役獣である空飛ぶ芋虫に指示を出して板が、悲鳴を押し殺して、再び倒れた。

呼吸が苦しいらしく、シャツのボタンを外して、胸を押し広げようとする。


ルトは手伝おうとし、フィオリナはそれを怖い顔で睨んだが、事態はそんなものではなかった。

げふっ。

呼気と共に、マヌカは鮮血を吐いた。どこか内臓が傷つけられている。


「マヌカ!」


耳元に口を近づけた、ルトは叫んだ。


「なんでもいい。使役獣を仮死状態にしろ! それで向こうからの攻撃は終わる。」


空な目が、ルトをみて、辛うじてマヌカは頷いた。

自ら吐いた血で汚れた手を、持ち上げて印を組む。


それが精一杯だったのだろう。力なく、手は地面に落ちた。

ルトの治癒魔法が、マヌカを包む。


「芋虫どもの動きが止まったな。」

フィオリナは、あたりを見回した。

もともと、その姿は小さく、枝や葉の間に隠れひそむにちょうど良い、色合いをしていた。

飛び立ってすぐに、視界から見えなくなったその存在を、フィオリナだけは感知していたというのだろうか。


「マヌカの虫からは、相手の姿は見えず、相手は、マヌカの虫を感知して攻撃できる。」

ルトは、マヌカの呼吸が徐々に正常なものに、変わっていくのを感じて、ほっとため息をついた。

「ならば、『動き』か『命』を見ているに違いない。虫を仮死状態にしてしまえば、どちらの場合でも対処できるはずだ。」


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