第497話 残念姫と駄魔王の挨拶回り
意外にも思われるかもしれないが、のちにこの結婚式の参加者たちは、けっこう、楽しそうにこのときのことを語るのだ。
真夜中の瓦礫ろなった大聖堂の跡地。給仕をする同じ顔をした美女たち。
式の進行もぐだぐだどころか、花嫁とその浮気相手が、各テーブルをあいさつに回るわけのわからない演出。
「先ほどは紹介しそびれましたが、これはわたしの実家の親族です。」
魔女ザザリは愛する夫と、息子にリウを紹介した。
「ほう、ブラウ公のご親族か。」
夫であるグランダ前王「良識王」は、身を乗り出した。
「夜会も解散してしまい、ブラウ公爵とも、会う機会がめっきり減ってしまったが息災なのか?」
「まあ、あなた。」
メアは、夫をたしなめるように言った。
「リウは遠いところに留学していたのです。ブラウの家のことはわたしの方がよく存じていますわ。」
「そうか。リウ、だったな。
以後よろしく頼む。
クローディア大公の姫はなかなか御しがたい。いや、まさに現代に現れた英傑というに、相応しい美しくも凛々しい女性だ。よく支えてやって欲しい。」
「そのつもりです、“良識王”。」
そう言ったリウの手は、しっかりとフィオリナの腰に回されている。
要するにフィオリナは、ルト1人では、満足出来ぬため、公認で愛人を家庭に連れ込んだのだ。
と、ルトの実父である良識王は、軽々と真実に近いところにたどり着いた。
自ら「夜会」と称する乱癡気パーティーを開いていたこの男は、自らはメアを大事にし、ほかの女には目もくれなかった文字通り“良識”王であったが、他の家庭がなにをしようが、およそ嫌悪感を示すことは無かった。
見たところ、同世代ながら、なよなよしたルトに比べ、このリウという青年は、きりりとした顔立ちで、頭も腕も、そして、女性のあしらいも長けているようだった。
「ともに、クローディア大公国を盛り立てて言って欲しい。すでに引退した我が身だか、あとをとったエルマートは歳も近い。仲良くしてほしい。」
「まあ、陛下。」
フィオリナは、ルトにはまず向けたことの無いねっとりとした熱を含んだ視線をリウにむけてから
「クローディアの後継者は、騎士団副長のアイベルがたつことになりました。」
なるほどな。
と、グランダ前王は冴えない頭を働かせた。
さすがにこの時期に、男にうつつをぬかす娘を、跡継ぎにはたてられぬか。
だいたい産まれてくる子供がどちらの、種かもわからぬしな。
もし、ブラウの血を引くこのリウの子どもだったらブラウ公爵家と紐が、つくことになる。
なに、クローディアもまだまだお元気だ。
いったんはアイベルを跡目に立てておき、産まれてくる子がどちらの子か見極めてからあらためて、後継者をたてるのだろう。
「フィオリナ、その」
現国王エルマートが、目の前のラブシーン(リウの手は腰から滑らかな曲線を描く臀部へと移っていた)に、顔を赤らめながら言った。
「お幸せに! リウ殿も!」
なにか、忘れてるような気がしたが、無理に思い出さないことにした。それよりも、ワインについて、ウンチクをたれよう。リアに少しでもいいところを見せるのだ。
もうひとつの親族席は、ここまですんなりいかなかった。
クローディア大公は、たんたんとフィオリナを廃嫡する旨を伝え、今後のふたりの処遇について実務的なことを話し出した。
「もし、リウ殿が希望するなら、我が白狼騎士団に迎えるが?」
「オレは冒険者だぞ、クローディア大公。」
リウの言葉がやや喧嘩腰なのは、廃嫡をあらためてきかされて、わかってはいてもフィオリナがショックを受けていたこととも関連している。
事情はフィオリナも理解しているが、なにも結婚式のなかでする話では無いだろう。場所をわきまえて欲しい。
もちろん、花婿でもないリウがフィオリナ“残念嫁”をエスコートして場内をまわってる、そんな状況を作り出したお前が言うな、であるが。
「しかし、この件のあとでも“踊る道化師”がお前たちを受け入れるとは思えないのだが。」
「それについては、考えていることがある。」
リウは胸を張った。
「お嬢さんとこういうことになったのは、ご両親にはすまないと思う。だが、魂の、形さえも惹かれあっての結果だ。どこでどのような形で出会ってもフィオリナとオレはこうなっていたと思う。」
たしかに傲岸不遜で、周りが、全く見えていないふたりが次のテーブルに移ったところで、アウデリアが囁いた。
「おい、齢千年を超える魔王がのぼせ上がってるぞ。かつての家臣たちがみたら、殿をいさめるために腹でも切りかねない。」
「若くなった身体のほうに、心が引きずられているのだ。」
クローディアは、苦笑している。
「案外、リウ殿もいま、はじめての青春を、楽しんでいるのかもしれないぞ。」
次のテーブルは、とりあえず餌だけ与えて、さっさと立ち去ることにした。
なにせ、座っているのが、ギムリウスにゴウグレ、ミラン、ヤホウである。
クローディアのテーブルからくすねて来た串焼きをほうってやると、わらわらと、蜘蛛の化け物たちは、群がって食いついた。
「まてっ! なんだこの非人間的な扱いは!」
ミランが抗議した。
「ぼくは人間だぞ!
こんな蜘蛛の化け物と同じ扱いを受けるとは・・・」
うっとりと、ぼくっ子はヨゾラをみあげた。
「ゾクゾクする。」
さて、ここはほっといて、と踵を返したフィオリナとリウに、ギムリウスが叫んだ。
「ルトを不幸にしたんだから、許しませんっ!」
と、言う意味のことを言ったのではないか、と歴史家は推察する。
実際には、ギムリウスは口いっぱいに串焼きをほうばっていたので
ぶほほほ、ふがっふたん、ぼったぶふぢばせっ!
という音を発しただけだった。
「主上。」
ヤホウがたしなめた。
「口にものを頬張ったまま喋るのは、礼儀に反します。」
そう言ったヤホウも、蜘蛛の顎で、串焼きを串ごとばりばり、やっていた。
ただ、この牛ほどもあるマダラの大蜘蛛は、咀嚼用の口と会話用の口を別に持っていた。
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