第496話 残念嫁は壇上で駄魔王とキスをした
フィオリナは、半ばやけになっていたのかもしれない。
なにがどうだかもう知らない。
でもちゃんと、わたしは花嫁衣装で結婚式に出ている。
だからわたしは悪くない。
わたしが悪いのなら、ルトが叱ってくれる。婚約だって破棄されるはずだ。でもルトはいま花婿として、わたしの隣りに居てくれる。
だから、わたしは悪くない。
なにひとつも悪くない。
ほんとは、ここで結婚なんてしたくない。
16歳が成人のグランダでも、その歳で結婚するものは少ない。
職人ならばまだ下働きだ。
商人ならば使い走りだ。
貴族なら?
たぶん、もっと上のガッコウに進むのだろう。自分の可能性、と言えばカッコがいいが要するに、親が自分の子供が知性において優れていることを世間にアピールしておきたいからだ。
王立学院では、在学中に婚約するものはおおかったが、卒業と同時に結婚するものはいなかった。
上の学校で学びながら、互いの家のことを学ぶ。しきたりや交際関係、そうこうしているうちに、互いのことが分かってくる。そのまま結婚まですすむのは、半分もいただろうか?
なにか我慢できない、そこまでいかなくてもコレ違うな、と思えば、婚約を解消して、新しいパートナー探しを始める。
結婚は、はやいものでも二十代になってからが大半だった。
フィオリナは、恋をしたかった。
ダンスパーティーでパートナーを見せびらかしたり、オシャレなレストランで今夜の駆け引きをしながら、酔ったフリをして相手に身をゆだねてみたかった。
リウが与えたものは、たぶんにアブノーマルな関係だったが、それもまたフィオリナにとっては刺激になった。
リウが好きだった。
ルトも好きだったが、ルトはいつでもそばに居てくれるような気がしていた。リウとあれこれできるのは、今しかない。
結婚。
今はしたくないなあ。もっと恋を楽しみたい。
でも、結婚しないのは、自分が悪いことをしたと認めることだった。
だから、貸衣装のウエディングドレスで、自分はここにたっている。
・・・というような内容のスピーチをフィオリナは行っていた。
え?
心のなかの独りごとだと思った?
こいつがそんなあたりまえのことをするヤツだと思うなよっ!
途中、いや冒頭の挨拶辺りで、誰もが酒と料理に逃げた。
誰一人聞いていない、というか聞きたくなかった。
父親であるクローディアは頭を抱えていた。
「わが君よ。」
アウデリアは、肩を叩いた。
「あれはあれで、いい。あれらしく生きていくだろう。」
「まあ・・・・」
クローディアはそれでも、野太い笑みを浮かべた。
「あれは、まさしく我らの娘には違いない。公国は任せられぬにせよ。それもまた・・・」
クローディアはアウデリアの胸をポンと叩いた。
「わしは定命の人間でしかない。あれの行く末を見届けてくれるか?」
「まあ、そこそこ長生きはさせてやる。」
アウデリアが、にいやっと笑う。
「己の目で見届けるのだな。しかし・・・・」
その顔が曇る。
「この結婚がもたらす『運命の空白』がなにをもたらすのか。」
「父上、母上。」
どことなく、だらしなくドレスを着崩したリアが神妙な顔で言った。
「あれなら、ルトくんはわたしでよいですよね?」
「あいつは何を言ってるのじゃ?」
オルガは、皿の肉片をぐさぐさとフォークで突き刺しながら言った。
隣りのアキルは、空虚な笑みをうかべて、無心にサラダを食べていた。
「もう、人間を理解するのは諦めた」という爽やかな笑顔だった。
ロウ=リンドが頬杖をついて、スープの残りをスプーンでかき混ぜていた。
「人間は面白いよ、アキル、オルガ。」
「そうか? あれを、リウとフィオリナを当たり前の人間と思うことが不自然に感じるが。」
「心から大事に思う許嫁があっても、ときとして、別の異性に引かれてしまう。」
ロウは、スプーンで、『心から大事に思われている』許嫁を指した。ルトは、もうすっかりまともな司会進行も諦めて、近くのテーブルのラウレスたちと談笑していた。
けっこう楽しそうだった。
例の「竜王の牙」のクサナギなどは、人化のコツを教えてもらったので、ルトに懐いている。
態度からしてもう古参の古竜に対するものだ。ひとに対して取るものではない。
「リウ!」
ついに、残念嫁は、浮気相手を呼び寄せた。おいおい、とそれでものこのこ壇上に上がったリウにフィオリナは、チューをかました。
しっかり、舌を絡め合う濃厚なやつだった。
流石に魔王も顔を赤らめている。フィオリナも頬を紅潮させている。
みんなは無視している。
そのなかでルトの声が響いた。
「みなさん! 追加料理が決定いたしました。ぼくらの共通の友人ラウレスくんが、得意の肉料理を振る舞ってくれることになりました!」
場内から喝采が響いた。
ルトはラウレスの手伝いをはじめた。
手持ち無沙汰になった、残念姫と駄魔王は、テーブルを回ってキャンドルサービスをはじめた。
「いやあ、びっくりしたのよ。馴れ初めを聞かせてよお。」
「飲みに誘われてね。ほら、グランダで最後の頃、けっこう父上がルトを手放さなくなっちゃった時期に、こいつに食事に誘われてね。最初にあったときに有無を言わさず殴っちゃったから、お詫びもしないと、と思ってて。
そしたら、こいついきなり、ひとの身体を弄ってきてね。」
「わあ、彼氏さんってば積極的ィ。」
「おいおい、人をそんなふうに言うなよ。弄ったって魔道的な意味でだよ。オレは自分の性別も相手の性別も自由に変えられるんだ。こいつは、初対面のときから、凛々しくてな。
男性になったら、どんな感じか見たくなってね。そしたら、なんだかのってきてな。」
「いやん、リウったら。」
「わあ、妬っけるう!」
会話しているのは、フィオリナとリウとミュラである。
同席のロウと、ドロシー、アキル、オルガの顔がひきつっていた。
「こ、こいつらの精神状態はどうなってるんだ。」
「ミ、ミュラさんの言葉が全部呪詛にしか聞こえません。」
「サラダが美味しいなあ、こいつらもサラダの具にしてやりたいなあ。人間って奥が深いなあ。」
ロウは、またスプーンで、腕まくりをして、食材を切り始めたルトを指し示した。
「というより、あいつが一番変に見えて来た。」
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