第483話 長い夜3

フィオリナは、決して、ルトを嫌いなわけではなかった。ただ、彼がそうした行為の準備ができるまでにはまだ何年もかかるだろうということは理解していた。それは確かに悩みの種ではあったのだ。


リウもリウで、10代という自分の年齢を計算していなかったのかもしれない。

成人してからの記憶にあるものと、若返った彼の体と心が欲求するものとは差異があった。


なので、リウの誘いは半ば、遊びだった。

一度、ぶん殴られた腹いせだ。

性別をいきなり変えてやったら、さぞ驚くだろう。唖然とするフィオリナの顔を見たら、それで満足だった。

あるいは元に戻せと、懇願されたら溜飲が下がる。それだけでよかった。

だが、男性になったフィオリナはそれでも美しかった。

リウの中の何かを刺激するものは確かにあったのだ。

リウは、自分を女性に変えて、「ちょっかい」を出してみた。


フィオリナは、ちょっと乗ってみた。

もともとの性と違うのだし、それはそれ。どうせ、ルトとはまだできないのだし。



結果。


こんなタイミングでルトに、結婚を申し込まれ、リウにふたりの関係をバラされた。

さらに、いくつか誤解が重なった。

リウは、もうルトを友人にするには、相応しくない劣った存在だと見なした。対等な友人だとリウを騙したと怒った。

リウは、ルトを傷つけて、フィオリナを連れて立ち去った。


対するルトの報復は、いかにも彼らしいものだった。フィオリナの、その、アレが使えなくなったのだ。

怒ったフィオリナとリウは、ルトを暴力で、屈服させて呪いを解かせようとしたのだ。

ああ、バカな魔王とその連れ合い。

ルトが暴力などでどうなるものでもないと、わかっていたはずなのに。


「悪かった、と思う。じゃなくて悪かった。」

フィオリナは、気の抜けた顔で謝った。

そうなのだ。肌を合わせてしまった相手との関係がどうなるかなんて、事前に分かるはずもないのだ。

婚約者のいる身としてはあまりにも軽率だっただろう。


「おんなじことは、これからも起きる。」

ルトは、優しげに酷いことを言う。

「例えば、あのオレサマ体質のリウのことだ。なんかの拍子に冷たい態度をとるかもしれない。そのときになって、フィオリナは、なんとかリウの気を引こうと思うかもしれない。」

「かもしれない、ばっかりじゃなおの!」

「でも、ありそうだろ。そうしたらフィオリナはリウの子が欲しくなる。リウだって自分の子は可愛いはずだ。向こう何年かは二人が一緒にいるための鎹になる。」

「だって、リウは。」

フィオリナの笑いが乾いていたのは、ルトの指摘がたしかにありそうなこと、だったからだろう。

「リウは、普通の人間じゃないから。身体を制御して子どもをつくらさないなんて、簡単にやってのけるわよ?

例えばその、アレのなかに子種をいれないとか。」


「そうなんだが、残念姫。きみも普通の人間では無いからね。本気で子どもが、欲しいと思ったら子種なしのアレからでも、子どもを作っちゃうくらいやりそうなんだよね。」

「か、か、仮定の話ばっかりされても。」

「否定はしないんだな。」



まあ、第三者が見たら、二人揃って、おまえらは異常だと決めつけただろう。

二人はこの会話を楽しんでいた。

久しぶりにふたりっきりで、喋ってるのだ。楽しくないわけがないだろう?

と、二人は、きょとんとした顔を返したかもしれない。


______________________



単純に、結婚を伸ばすだけではダメか?

と言い出したのは、ロウ=リンドだった。

どうせあとあと問題になることはわかっているリウとフィオリナの結婚をここでわざわざ、執り行ってやることもあるまい。

と、まあもっともな理屈ではあった。


ああ、でもフィオリナちゃんのウェディング姿は見たかったなあ、と、すっかりフィオリナを自分ちの嫁想定したザザリが残念そうに呟いた。


「ルトとフィオリナも実は、そこらは同じ意見だ。」

「だったら!」

「あの、ふたりは、結婚式を延期するための理由を欲しがってるんだ。」

「あっと、それは例えばフィオリナの不倫というのはダメなのか?」

「ダメだな!」

アモンが、切って捨てた。

「そんな恥な要件ではだめだ。だいたいそれは、結婚延期ではなくて、破断の理由だろう。」

「あーーー、じゃあ、不倫相手と共謀の上、婚約者を殺しにかかった。」

「結婚式の延期どころか、逮捕案件だなっ!」


「なんだかまた、臀でも引っぱたいてやりたい気分になってきた。」

アウデリアが筋肉を誇示するように腕をまくった。


「ルトのほうは、どうなのだ。」

この問いに答えたのは、意外にもザザリだっだ。


「あれは拗れている。」

ザザリは、天井を仰いだ。

「まるで、『転生酔い』にかかっていたわたし自身を見ているようで、胸が痛んだ。

いいか、あれは、周りから祝福されたがっている。いや・・・そうじゃないな。」

闇森の魔女。

そもそも、彼女が弟王子で実子エルマートに王位継承を求めなければ、起きなかったこの、結構長い物語の元凶である魔女は、言葉を選んだ。


「ルトは、自分の存在を、周りから拒否されることを異常なまでに嫌がっている。だから、結婚が延期になるのも、フィオリナに拒否されたからではない。魔王がフィオリナを伴侶に求めたからではない。神々に反対されたからではない。

ごくごく、一般の誰もが経験するような理由だったら、ルトは受け入れると思う。」


「ごくごく一般的な理由?」

一応は、人間の部類。冒険者として生計を立てているアウデリアが考え込んだ。


「はい!」

とギムリウスが元気よく手を上げた。

「『一般常識』で習いました。結婚の要件は、両者が成人していること、生活の経済的基盤がしっかりしていること、です。結婚直前、または結婚直後に破談となるケースは、どちらかが、収入を偽ったり、多額の借金を持っている場合が多いです!」



「『踊る道化師』の経済収支はどうなのだ?」

アウデリアが尋ねた。


ルールス先生から、契約金をもらっています。

とギムリウスは元気よく答えた。金額は、銀級冒険者のパーティを年間を通じて雇い放しにしたら、まあそのくらいにはなる金額だった。


「わたしが、ミトラに来てから、アライアス侯爵の坊ちゃんを救出したり、ミランを捕まえたり、クローディア陛下を救出したりした分は、入ってません。」


つまりは、順風満帆のスタートというわけだ。


「あとは、身内にとんでもない乱暴者がいたりすると、破談が多いらしいぞ、アウデリア。」

ザザリが揶揄うように言った。

「そういえば、ルトの義理の母親は、闇森の魔女の転生体だったな。」

アウデリアは返して、二人の怪物は睨み合った。


ロウ=リンドは思った。


こいつらはダメだ。もうちょっと人間に近い奴らと相談しよう。








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