第444話 婚約破棄で終わらない

アモンは呆れたように言った。

「その招待状に施されてるのは、リウが構築した魔法のはずなんだけど。」

「干渉しました。招待状を受け取った全員の同じメッセージが送られてます。」

「こともなげに言うな。」

アモンはカラカラと笑った。

「うちの淫魔が構築した魔法だぞ。そう簡単に干渉して意のままに操れるとは思えないのだがな。」


「淫魔?」


「やつを今さら、魔王だのなんだのと持ち上げてやるのも、馬鹿らしくなった。これからはやつを呼ぶときは淫魔と呼んでやれ。神竜皇妃リアモンドが許す。」

「あだ名をつけるのに、許すも何もないでしょう。」

と、ルトは弱々しく笑った。


とはいえ、アモンはかつて古竜に対する悪口として『蜥蜴』という呼びかけを生み出し、それが歴史的に定着してしまったという実績を持っている。

今では、誰が言い出したのか、不明だったのだが、アモン自身がそう言っているので確かなのだろう。


「じゃあ、フィオリナさんはこれから、残念公子って呼びますね。」

アキルは、短いパンツからスラリとのびた足を、見せびらかすように、窓の外から手を振った。

「公子?」

「陛下! いま、フィオリナさんは自分が男になって、女になったリウといちゃいちゃするのに、はまってるんですよ! どっぷりと!」


クローディア陛下は、そりゃあ、驚いたしあきれただろうが、顔には出さなかった。

むううっと唸っただけだったが、もっともな疑問を素直に口にした。


「もともと、リウ殿は、男性だ。フィオリナを口説くのにわざわざ妙なことをする必要がどこにあったのだ?」

「リウは、同性同士の愛情を嫌っているのだ。」

アモンが口を挟んだ。

「これは、すまん。わたしの影響かもしれん。竜は子どもを作る以外の性行為はない。どちらがどちらの性を取るかは、その時によって異なるが、双方が同じ性をとったまま愛し合うことはないのだ。」


「ルブウスとエント。」

とミュラが口にした。大半はなんのことかわらかなかったが、他ならぬアモンが反応した。


「おまえたちが上古と呼ぶ、魔族戦争前の中原の話だな。隣国の王子同士の恋愛とその逃避行。」

「そ、そうです。いに染まぬ政略結婚の犠牲とならないために二人の王子が、国を捨てて今の西域に逃げたお話。あれを助けたのが」

「はいはい、そんなこともありました。」

アモンはお茶の香りを楽しむように、カップに、顔をよせた。

「わたしは、この人間の体が嫌いではないんだよ。不安定な二本足、脆弱な肉体、早くから知性を発達させてしまう不自由さ。

その欠点を補うために作り出す小道具の数々。」

アモンは、笑った。いや、正確にはそれは笑いでは無いのだ。ただ単に牙をむき出しただけ。なのだ。

「毛の薄いだけの猿同士が愛を語ろうがそうそう親身にはなれん。

あいつらなら、煽ってやるとなかなかいい詩を書いて、な。」


その詩集は、今日にまで伝えられている。

そのうちのいくつかを古語のまま、吟じられるほどファンのミュラはなんとも複雑な顔をした。

「だったら、なおさら!

です。フィオリナが女性のまま、リウは男性で問題ないじゃないですか?」


「そこらは一応わかる。」

ルトが、くちをはさんだ。

「フィオリナの『初めて』を取っておこうとしたんだろ。もともと、淫魔くんは、千年前の亡霊だ。フィオリナと愛し合うことに罪悪感があったんだろうと思う。

それに、うちの淫魔くんの最初の構想では、ぼくと、フィオリナと、彼の三人で結婚という形にもっていくつもりだったんだ。

フィオリナの童貞を奪ってしまったらには、処女はぼくにとっておくつもりだったのかもしれない。」


「ああ」

ドロシーがいやなことに気がついたように顔をしかめた。

「つまり、それって、ジウルとわたしの」


「近いんじゃないか?

相手のことを大事に思ってるとか言い訳するんだろうけど、まあ、余計なお荷物は背負い込みたくないっていうエゴだよね。」


体調の悪いときのルトとは、あまり深刻な、話はしない方がいいな、と一同は思った。あまりに舌鋒が鋭すぎる!


「罪悪感があってもフィオリナを口説いたのだな。」

アモンが面白そうに言った。


「リウが自分で言ってたんだけど。」

ルトは、ドロシーの入れてくれたお茶をすすって、それが、吐き気をもよおさないことを、確認して嬉しそうに飲み込んだ。

「二人きりでお酒の席に誘ったら、来たそうだよ。そうあともまるで、待ってたようにコトがすすんだそうだ。

もし、暴力的に言うことを聞かせようとしたら、グランダとリウの体が半壊してたはずだから。」


「グランダにいた時からか。どこかで、教育を誤ったか。」

クローディア陛下は苦い顔をしたが、ルトは首をふった。

「古の魔王にも見初められるほど、魅力的な女性に成長された、ということです。」


「しかし、どうするのだ?」

クローディア陛下は、もっともな疑問を口にした。

いまさら、ルト殿が、フィオリナと添い遂げることも難しいだろう。みなを集めてどうする?

もう一度、婚約破棄でも、宣言するのか?」


「いいえ、親父殿。残念ながら」

ルトは、お茶のお代りを頼んだ。栄養補給のつもりか、ドロシーが頼みもしないのに、カップに大量のミルクと砂糖をぶち込むのを、憂い顔で見つめた。

「婚約破棄では終わらないのです。」


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