第443話 その日のお茶会

クローディア大公陛下が、借りている別宅から、アライアス家を訪問したのは、その翌日の昼近くになっていた。

目的はまず第一に、ルトの見舞いである。

まずこの地で、彼の秘書のようにあれこれと事務連絡や資料のまとめにあたってくれるドロシーという少女から、ルトがふせっていることを聞いたのだ。


「どうしたのだ、ルト殿!」

怖い顔がいっそう怖くなったのは、ルトの惨状を見たからだった。もともと小柄な少年だったが、それが骨と皮ばかりにやせている。

起き上がるのもつらいのか、ソファに横になったまま、資料に目を通していた少年は、昔なじみの大公の顔を見て、顔を綻ばせて、体を起こした。


「親父殿!」

そのままで、とクローディアは、手をふってルトを座らせた。


「いったいどうしたのだ? なにがあった。」

「すいません。親父殿。フィオリナに振られました。」


クローディアは、隣で彼の世話をやいているミュラを、じろりと見た。

ミュラは慌てて頭を振った。

「わたしじゃありません。魔王クンです。」

「リウが?」


「アウデリアさんを借りています。」

「あれに教えてしまったのか。」


非難の響きはなかった。

「ついでにメア王妃にも。」


「フィオリナは? リウ殿のところか?」

「賢者ウィルニアの結界内です。ギムリウスにも近づけません。」

「ふむ。」


クローディア大公は、冷徹な政治家の目になった。

「ならば、なにか書くものを。出来れば契約用のマウレア紙があればありがたい。


いま、この場で、フィオリナの廃嫡とアウベルの後継者指名を残しておく。」


「大公陛下っ!」

ミュラが叫んだが、クローディアは指をたてて彼女を黙らせた。ミュラはそんなことで黙る人間ではなかったが、ここは格の違い、とでもいうのだろうか。


「フィオリナが、人の世を暮らしていけるのは、ルト殿がいるからだ。ルトから切り離されたフィオリナは、クローディア大公国の後継者ではない。

もちろん、我が娘として幸せを願う。だがそれは、人の世からは離れたところで、だ。」

クローディアは、ルトに視線をむけた。悲哀に満ちたものだったかもしれない。

「ルト殿は、長年にわたり、よくあれに付き添ってくれた。もしや、我が生命のある間は、人の世で人としての幸せをつかんでくれるかと願っていたのだが。」


「陛下っ!! これはただの浮気です。一時の気の迷いです。フィオリナは必ず、ルトのところに戻ってきます。」


いや、おまえが言うなよ。

と、ルトとクローディアは、あきれた視線でミュラを見た。


「ミュラ殿のときとは、異なる。男と女である以上、子ができる。残念ながら、クローディアの持つものは一切、フィオリナのためには残してやることはできん。」

「そ、それは貞操、ということでしょうか。」

「責任感の問題だ。」

クローディアは言った。

「恋愛については、わしは何も言わん。だが、婚姻は契約にほかならない。フィオリナは、約束を反故にし、己のなすべきことから背をむけたのだ。そのような者にクローディアの地と民を統治させることはできん。」

「しかし」

家庭人としてはダメでも、ちゃんと仕事をするものもおります。

と、一応ミュラは言ってみたが、言ってみただけだ。

彼女もグランダでは名門の伯爵家の出身であった。


結婚がそもそも政治であり、家庭が仕事の場になってしまうのが、貴族であり、王室なのだ。


「そ、そういうものですか?」


「まあ。」

とルトは言った。

「単純に起きていることは、フィオリナがより魅力のある相手に惹かれた。とまあ、そんなところです。」


「正直に言うが、リウ殿は危険だ。いまさら言うのもなんだが。」

クローディアは苦い顔をした。

「お主が、クローディアを今少し信頼してもらえたら、と思うぞ。迷宮の魔王を引っ張り出すかわりに、クローディアの武力と政治力で、お主の身の安全を保証させることは不可能ではなかった。」

「まあ、ザザリが背後におらず、『燭乱天使』などという化け物を呼び寄せなければ、それもあったでしょう。」

ルトは、なんとか身を起こした。見ていても危なっかしい動作でいつものルトを知ってるクローディアには、見ていられなかった。


「まあ、ルトを責めてくれるな、大公陛下。」


快活に笑いながら、部屋に入ってきたのは、長いジャケットを羽織った美女だった。

「リアモンド殿・・・・」

「アモンと呼んでくれ。その名前は有名になりすぎてしまって、な。」

アモンは空いたソファのひとつに腰を下ろすと、ドロシーになにか飲み物を、と頼んだ。


「わたしは、久しぶりの外を楽しんでいる。その意味ではルトには感謝しているよ。」

「わたしも感謝してます。」

アキルだった。

「ルトがいなければ、わたしはこの世界にきたその日に死んでました。」


「わたしもですね。ルトくんのことが大好きです。」

ポットと茶器のセットを配りながら、ドロシーも微笑んだ。



クローディアは頷いた。

懐から、一通の招待状を取り出した。

「以前届いた招待状だ、昨日になって音楽が鳴って、日時や場所が浮かび出した。

ルト殿。これは」

「ぼくがやりました。」

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