第441話 それぞれの準備

ルールスは、まあ美人である。

魔力過剰による長寿は、彼女に割りと小柄な体躯と、全体にちんまりしたプロポーションを与えていた。

また以前は、瞳の発光をかくすために、分厚い眼鏡をかけていて、そっちが本体で顔はメガネ置きの台だと言わんばかりに、その存在を主張していた。初等クラスをうけもったときの彼女を描いた生徒たちの似顔絵は、すべてがめがねめがねめがね。なかには眼鏡から手足がはえているものもあり、彼女を落胆された。

しかし!

彼女は、じぶんが美しいのだという信念は曲げなかった。

いつの日か、白馬にのった王子さまがこの逆境から、彼女を救い出してくれる。


・・・

なぜ自ら動かなかったのか。と、のちに批判をあびることになるのであるが、考えても欲しい。ルールスはランゴバルトの王族である。そして王族というのは、我慢するのが仕事であった。

そして現れた王子様は、白馬にまたがってもおらず、魔王と古竜と神獣と真祖をしたがえていたのであるが、それもまたルールスを責めるのは気の毒である。


ランゴバルト冒険者学校の学長としては、ジャンガ派の不正選挙に追い落とされるまでは、有能ぶりを発揮していたルールスはしかし、ある部分においては、世間に不慣れな部分があるのは否めなかった。

とにかく、ドレスを自分で発注するのがはじめてなのである。


まずは、ルトの結婚式を阻止するために動いているにもかかわらず、ドレスの発注はやめる気がなかった。

なにしろ、ドレスを買ってみたかったのである。


飛び込んだ、ミトラ第二位のドレスショップは、応対した店員は、やや横柄であった。また貴族とよばれる階級に属するものは、大事なパーティーならば、ドレスは生地からフルオーダーするのが常であったから、それをしないというルールスをなめてかかった様子もある。

つまり、ドレスの仕立てすら間に合わない「やっつけ」で、開催されることになった式だと誤解されたのである。


一方のルールスは、今度こそ、店員がアンデッドでないことを確認し、それだけで舞い上がっていた。沈着冷静なネイアは、審美眼はそれなりにあったが、結婚式などという習慣についての理解は疎かった・・・・とにかくルールスが似合うドレスを調達できるか、というところに頭がいきすぎたせいもある。


幸いにも。

既製服のドレスに少し手直しをすれば、ほぼほぼ、彼女にぴったりのドレスは見つかりそうだった。


結婚式のドレス。

ルールスのいう「ドレスのオーダー」の時間さえない結婚式は、どうせ不義、不倫、略奪のすえのそれだろうと、理解した店員は、それでもドレスの手直しや細部の調整には手を抜かなかった。


「いかがでしょう?」


ルールスは、姿見の自分を見据えた。

そんな格好をした自分をみるのは、はじめてだった・・・いや夢にはみたかもしれない。

さすがにこのところは、お肌に十代のハリはないなーと思うルールスであるが、鏡のなかの自分は、なにを知らぬ乙女のように、純粋そうだった。人間、というよりどこかの花の精がひとの姿をとったかのように、可憐で、美しく、儚げで。


広く裾の広がったドレスは、幾重にもヴェールが、それはもう巧みに使われ、上半身は胸の膨らみの形が分かるほどに布地の少ないドレスを、巧みに補完している。

生地は全体に、白が基調となり、そのに真珠のような光沢のある繊維で刺繍が施してあった。

それも見るものが見れば、かなりの職人技であることがわかる。

頭上には小さなティアラが載せられていて、そこからもヴェールがおりて、ルールスの蒼空の色をした瞳を隠していた。


「とってもよくお似合いです!」

ネイアは、本気で言った。

このあるじが、秘かに(見かけ上の年齢にあった)おしゃれに憧れていることはまえまえから、知っていたし、純白のドレスは、既製品とは思えないほどルールスに、よく似合っていた。


「とてもとてもよくお似合いです。」

店員も太鼓判をおした。

どうも、話の端々からきくと、彼女はランゴバルトの王族、または高位の貴族らしかった。今後ともひいきにしてもらわねば!


店員は顔のヴェールを少しまくった。頬をわずかに赤らめた美しい花嫁は。

花嫁は。


硬直した笑顔で、店員を振り返った。


「いや、結婚するのはわたしではないんだが」

「・・・」

「友人がこのカッコで結婚式会場に乗り込んだらどう思われるかのう?」


ルールスの説明下手と、最初はオーダーの時間もとれないデキ婚のたぐいと思ってなめきって、ろくに話を聞いていなかった店員の態度は、恐ろしい結果を産んだのだ。

そのとき。

ふたりの、持っていた「招待状」から楽の音が鳴り響いた。

慌てて開くと、いままてなかった式日時場所が招待状に浮かび上がっていた。


「こ、」

ルールスは天井を見上げた。

「このまま、いくしかない・・・」




ヨウィスとリヨンは、ミトラの駅に滑り込む列車のなかでそれを聞いた。

古竜たちが、出払っていたせいで、最寄りの駅まで徒歩の旅となったが、そこからは順調だった。

ヨウィスは、冒険者として西域を訪れた経験があったし、リヨンはつい最近までランゴバルトを中心に活動していた冒険者だ。

ダル紙幣への両替、切符の購入、乗り継ぎ。おそらくは、古竜の一行などよりもよほどスムースにことが運んだだろう。


降車の用意をしながら、ヨウィスとリヨンが、それを開くと、いままで空白だった日時がそこに浮かび上がっていた。

「なんか、それっぽい着替えをと、思ったんだけど間に合わないね。」

リヨンが楽しそうに言った。

ヨウィスと、おソロの灰色のマントを羽織っているが、内側はショートバンツでおへその見える貫頭衣である。見えるところの肌は、顔も含め、いくつもの刺青で覆われていた。

ヨウィスは、ん、とだけ答えた。


収納から二人分の切符をとりだして、リヨンに渡す。

降車の準備といっでも「市場を丸ごと詰め込んでいる」と噂のヨウィスの収納である。とくに用意も、なかった。

「わたしも、これでいく。」

ヨウィスはマントの端を摘んでみせた。


「ところで、ヨウィスは、あの二人を結婚させちゃっていいの?」

と、リヨンは自分の分の切符を受け取りながら言った。

「たしかに!」

ヨウィスは頷いた。

「カップリングとしては、最終的には結ばれてはほしいものの、もう少し楽しませて欲しい。

フィオリナ×リウ、とかリウ×ルト、シチュとしては、オトコになったフィオリナが、女のコのリウをめちゃくちゃするところとか・・・」


ああっ!ヨウィス。口元からヨダレが!


後で、この話をきいたルトは、どんな異常性癖でも理解者は必ずいるんだな、と、思った。


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