第388話 彷徨える邪神

「自信たっぷりに歩いているので、道はご存じだと思いました。」


道を間違える、という「人間的なこと」をしでかしたわたしを非難するかと思ったら、ミランはそうでもなかった。

「神様」は「神様」なんで、例外なのだろうか。


心配していた追い剥ぎの類には、合わなかった。

さすがに、時間的に通りは人っ子一人、いなかったし、これでは、強盗も活躍のしようがないだろう。

たどり着いたアライアス侯爵の屋敷も静まりかえっていた。


門番の類がいるかと思ったら、誰もいない。前に使った裏門は、しっかりカギもかかっていた。

「塀を乗り越えるか。」

と、オルガっちはこともなげに言って、わたしを小脇に抱えると、身長の倍はある塀を軽々と飛び越えた。


「ドロシーの部屋はどっちだ?」


とそこでまた迷子になった。

なにしろ、広大なお屋敷である。確か客室は別棟になっていたはずなんだけど・・・


ミランの土地勘もここまでは働かないし、これは困った。

ホテルじゃないので、看板の類もないのだ。

それらしい建物は見つかって、鍵はかかっていなかったので、中に入る。

さて、ドロシーさんはどの部屋だったろうか。


確か、二階にジウルと一緒に部屋を用意してもらっていたが、そもそもその部屋でほんとにいいんだろうか。

廊下には、魔導によるランプがところどころに設置されているだけで、薄暗い。


部屋だって「201号室」とか札が掛かってるわけじゃないので、分かりにくいのだ。

廊下の両側のドアはどれも無味乾燥で、こういうところだけが、ホテルに似ていた。


「夜が明けた使用人たちが、起き出すのを待つか。」


物語の展開的にはあり得ないもたつきに、オルガっちはそれでもへこたれない。

たしかに、ひとり国元を追われて、刺客を放たれ、生き延びてきたんだからなあ。

この程度は、びくともしないか。


そんなときに、ドアのひとつが開いて、中からドロシーさんが顔を覗かせた。

ゆったりとした拳法着をまとっている。

旅の途中でもよくみた格好だった。

基本、彼女もジウルさんも、日常をそれで済ませている。


「おはようございます。」

「あ、おはようございます。」

そのまま通り過ぎようとするドロシーさんを、わたしは慌てて呼び止めた。


「ち、ちょっとどちらへ?」

「型の稽古です。」

ドロシーさんは歩きながらそう言った。


わたしはあとを追いかける。


「型?」

「そうですよ。ストレッチから柔軟、筋トレにもなります。ジウルなしでもこれは続けていこうかと思って。」

「ジ、ジウルさんと別れたんですかっ!」


そうなんです、とドロシーさんはちょっと寂しそうに言った。

「彼は『絶士』から誘いを受けてて、それにのる、そうです。わたしは、交換留学の期限もあるので、冒険者学校に戻らないといけません。」


「だ、だって!」

わたしは叫んだ。

「あんなにラブラブだったじゃないですか!」


ちょっと声がおっきすぎた。

廊下にひびく、自分の声にひきながらも、わたしは声を落として話し続けた。


「だってあんなに毎晩」

「まあ、それはそれとして」

ドロシーさんはあっさり流した。

「進む道が違ったってことです。

もし、ふたりがそうなるべきなのなら、運命が巡り合わせてくれるでしょう。」


酔っばらってんのかっ!

と、わたしは叫んだ。

また。声が大きすぎた。


ドロシーさんは、構わず扉を開いて、裏庭に出た。

ようやく、空がしらみ始めている。


「酔ってる?とは。たしかに昨日はすこしお酒をいただきましたけど、別に酔ってはいません。」

「いや、なんというか、その」私はバタバタとあとを追いかけた。

歩き方ひとつとっても、彼女はすごくきれいだ。あれが拳法の修行なら、自分も習いたいな、とそう思った。


そういえば12使徒にもたしか、拳士のばあちゃんがいたけど、ああいう爪先に毒を仕込みそうなのではなくて、正統なのを、習いたい。


「あ、あのドロシーさんっ!」


ゆるゆると歩みながら、腰を沈めたり浮かしたりする彼女にわたしは呼びかけた。

「あ、あの、わたしを弟子に」

「アキル。」

オルガっちが声をかけてきた。

「話変わってきてる。」

そうだった。

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