第9部 駆け出し冒険者と姫君
第387話 大邪神、怒る
「許さない! ぜったいに許さない!」
まだ息が荒かった。叫びすぎた喉は掠れて、息をするたびにヒューヒューといやな音を立てる。
部屋の温度は見る見る下がら・・・・なかった。
吹き出した瘴気が、壁を床をボロボロに腐蝕し・・・・なかった。
花瓶に生けられた花が萎れて、茶色になって落ち・・・なかった。
ああ。
わたしは、この体を完全にコントロールできている!
感情の昂りが、周りを侵食したりはしない。
たとえ、どれほど長い年月をかけ、綿密に作った肉体でもこうはいかないだろう。
なぜって?
これは、わたしの体だから。
わたし自身のかつての体だから。
さすがはわたし!
最終的には、なんとか自画自賛というプラス思考に心を持っていくことに成功した、わたし、つまり異世界転生者夏ノ目秋流こと、邪神ヴァルゴールは、ため息をついて、床にしゃがみ込んだ。
「だから、なにがおきているのか、定命の人間にも分かりやすく、説明しておくれ。
なんで、アキルはルトとフィオリナの結婚にそれほど反発するのじゃ?」
「だから、だあれが、定命の人間。」
わたしは、まだ不貞腐れていた。
フィオリナは、ルトくんから、結婚の話しをきいて、顔色を変えた。
一応、ルトが本物で、誰かに操られているわけでもなく、何かの薬物の影響下にある訳でもないことを確認すると、部屋を飛び出していった。
ルトくんはそんなフィオリナに戸惑っていたが、「リウたちに報告してくる。」と言って部屋をでた。
視線を感じて、外を見ると、物見高い、世話好き吸血鬼が、窓の外からにやっと笑ったと思ったら、入院着のギムリウスと一緒に転移で消えた。
あのなあ。
邪神が泣き叫んでいるのだから、誰か、もうちょっと関心を持ってくれ。
「ミラン!」
わたしが呼ぶと、ボロボロの布を巻きつけた少女が、これも窓からひょっこりとこちらを覗き込んだ。
「おまえの力を借りたい。
ルトくんとフィオリナ残念姫の結婚を阻止するのだ。12使徒を集めよ。」
「無理です。」
ミランは、窓にへばりついたまま平身低頭するという妙な技を披露してくれた。
「なぜできないのだっ・・・」
「それが、わたし、前から他の使徒との付き合いというものがなく・・・」
ミランは、一応済まなそうに言った。
「誰一人、連絡先も連絡方法も知らないのです。」
ほんとにわたしの使徒って役に立たないなっ!
これまでも「贄」とか言って、意味のない命をたくさん捧げてくれてたけど、わたしの力の足しにはならなくて悪評ばっかり増えてたし!
「アキルよ。どうも状況がさっぱりわからんが、わらわが出張ろうか?
ただ、わらわが出てしまうと、ルトかフィオリナを殺し・・・てはまずいだろうから、しばらく入院してもらって、式を延期する、という方法になるだろうが。」
「絶対、ダメ!」
わたしが依代にするつもりで、何世代もかけて作ったオルガっちは、そりゃあ、強いのだ。
わたしの見立てでは、ルトくんやフィオリナ残念姫とほぼ互角。つまりやり合ったら、下手すればどっちかが、死んでしまう。下手をしなくてもどちらも傷つく。
そんなのはだめだ。論外、却下。
「それじゃあ、その12使徒をよんでも一緒だろう。使徒なら傷ついても死んでもいいというのか?」
そうではない。でもほら人手さえいれば、例えば、披露宴会場に落とし穴を作るとか、ウェデングドレスが式の途中でバラバラになるとか、ケーキにわさびを仕込むとか地味な嫌がらせがいくらでも出来るじゃん?
「いや出来るじゃん、ではなくての・・・・」
オルガっちは頭を抱えた。
すまぬ、オルガっち。わたしは今のところ、ヴァルゴールから、夏ノ目秋流に寄りになってしまっているのだ。
しかも、秋流はまだ、幼なじみを皮切りに家族、友人を皆殺しにされて、自分も陵辱の果てに惨殺されるという経験を経てないので、基本バラエティと時代劇好きの女子高生のままなのだ。
「とにかく、まずは状況の把握じゃ。」
と、オルガっちは言った。
「ルトは今日は、ドロシーと二人きりだったはずじゃ。ルトがフィオリナとの結婚を決意したのはそこで何かがあったからじゃろう。
まず、それを突き止める。」
「よし!」
ありがとう、オルガっち。わたし、ちょっと冷静になれたよ。
アライアス公爵家にいるはずのドロシーんとこに行ってみよう。
わたしたち、わたしとオルガっちとミランは、善は急げで、早速出かけたのだが。
ギムリウスでもあるまいに、ほいほい不慣れな土地で転移を使えるはずもなく。
おまけに、オルガっちとわたしは、不慣れな土地で方向音痴気味であり。
ミランが指摘してくれるまで、夜明け前のミトラをさまようことになったのだった。
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