第353話 武と言うより舞だな

当たれば、頭部が半分は砕ける蹴りの主は、メイド服の少女だった。

もともと、人間の美醜などどうでもいいクサナギにもわかる。これは美女だ。極上の美少女だ。


「フラグって、なに?」

少年は首をかしげた。

「ぼくは、この子の変身の術式があんまりなんで少し修正を加えてやっただけなんだけど。」


「ほうほう。」

美少女の笑いに、古竜たちは一同震え上がった。これはやばい。近づいてはいけないものだ。

認めたくはない。だが、その恐怖は、神竜姫リアモンドを目の当たりにしたときのそれに近かったのだ。


「か弱きものに、手を差し伸べるのが我が君の唯一の長所だと思っていたが、せっそうなく手を差し伸べるのが習いなら、即刻やめていただこう。」

「彼女は、か弱いぞ。」

少年は抗議した。

「古竜なんだから、人化くらいは出来て当然なのに、ちょっとのショックで異形に変じてしまうことをコントロールできないなんて、駄竜も駄竜。うちのラウレスがかわいく見えるくらいだ。」


ずいぶんな言われようだった。クサナギは文句を言おうとして口を開きかけて・・・諦めた。

その目の前に、ラウレスが骨がついたままの肉の塊を差し出してくれた。ソースではなく軽く塩と胡椒、それになにやらハーブの粉末がかかっている。


「クサナギはむかしから、人間の料理が好きだったからな。」

ラウレスは愛想よく言った。

「ここの骨のところをもってかぶりつくといいぞ。」


「ラ・・・」

老人の姿をした古竜「久遠竜」ジンサイがためらいながら声をかけた。

「ラウレス、わしにも同じものを焼いてくれんか?」


「もちろんだとも、ジンザイ。ただ少し時間をもらうぞ。火はじっくりと通した方が旨いんだ。」


「さて、古竜の相手と料理のほうは、ラウレスにまかせて。」


フィオリナは、両手を手のひらをみせるように上下に構えた。


「わたしたちは少し遊ぼうか?」

「いまは忙しいだけどなあ。」

「つれないなあ、婚約者殿。」


ゆっくりと。

まるで、動いていないかのようにフィオリナの体が回る。

ルトは、腰を落としたその真上を、またも蹴りが駆け抜けていった。さらに、一瞬遅れてもう片方の足も跳ね上がる。

ルトは、フィオリナの体の周りを回るようにして、その攻撃をかわした。追うようにフィオリナも体の向きをかえる。

かえながら掌の打撃をくりだした。


それは、ルトのあげた掌に、すいこまれて、張り付いた。


「婚約者殿は奇怪な技をつかうな。」


フィオリナの足が、ルトの足の甲を踏み潰しにかかるのを、たくみにさけながら、ルトは場所を移動した。

フィオリナには、驚くなかれここまでやっていても、全く殺気はない。つまり彼を殺す気はないのだ。

殺す気がない一撃で相手が死んでしまうというのはいかがなものなのだろう。

それにしてもここは、ラウレスの調理場に近すぎた。まわりにもひとが多い。うっかり流れた一撃で、皿が割れたりテーブルが倒れるかもしれない。


いまの時間に空いている場所は。

伯爵邸の大広間だった。


もともとダンスをしたいもののための会場にする予定であったのだが、まだ音楽も始まっておらず、楽団員たちも手持ち無沙汰のようすだった。


スネを狙った蹴り、ヒールの踵を使った踏み潰し。体をまわし、ステップを踏み、それを躱す。あるいは、フィオリナの体勢を崩すように、彼女の体を回したり、自分が回ったりしながら、ルトは、大広間にフィオリナを誘導した。


ルトの予想通り。

大広間はほぼ無人だった。


計算外だったのは、彼らが踏み込んだとたんに、楽団員たちが一斉に演奏を始めたことだった。



近ごろ、街で流行りの楽団『青白き妖精たち』のリーダー、アラフェウスは歓喜していた。

もともと「どんなダンスにも合わせて曲を即興で作って奏でる。」ことを目標に音楽をはじめた彼らだった。


ちょうど、一日スケジュールがあいたので、高額の報酬につられて、このパーティーに顔を出したのだ。

ほぼ丸一日の拘束に、はじまったばかりで、誰もダンスをはじめようとはしない。これは失敗だったかと後悔しかけた矢先だった。


風のように広間に飛び込んできた少年と少女は、まだ成人にも達していない十代の半ばに見える。

まるで、喧嘩でもしているようにはげしいステップと、体の回転を続けながら、そのダンスは一糸も乱れない。


少年のほうは14,5くらいだろうか。かわいらしい顔立ちで、どこかの貴族の小姓なのだろう。

少女はもう少し年上だろうか。

凛とした顔立ちで、こちらはなぜか、侍女の制服に身を包んでいた。


見たことのないダンスであり、おそろしく難しいダンスだ。随所にアクロバティックな動きや、足を高く上げる動作も含まれている。


だが。

どんなダンスにも合わせる

のが、『青白き妖精たち』の真骨頂だ。


合図もなしに爪弾いた弦楽器に、すぐにドラムが加わった。

吹奏は一瞬遅れた。こいつらは晩飯抜きだ!とアラフェウスは思った。


ラウレスの料理に舌鼓をうっていた客たちのなかにも、突然はじまった楽曲に、気を惹かれるものも出始めた。

腹がくちくなると、人間はつぎの娯楽を探し始めるものである。

音楽通の中には、それが最近巷で話題の『青白き妖精たち』のものだと気が付いたのものもいた。音楽に惹かれて、大広間に足を踏み入れたギウリークの貴族、富豪たちは、広間で「踊る」男女に、口をあんぐりと開いたまま、固まった。


こんな素晴らしいダンスはみたこともない。

激しくも優美。

まるで、相手を打ち倒そうとするかのように、手足がとびかうが、もちろん、相手にはかすりもしない。だってこれはダンスなのだから。

相手を投げ飛ばすようにする動作もあったが、くるくると体を回して、軽々と着地をする少女に、少年に。

みな、拍手喝采を送った。


『青白き妖精たち』の曲もまた、その踊りに負けず劣らず素晴らしいものだった。

いかに踊り手たちがトリッキーな動きをしてもテンポを急にかえても、けっして遅れることなく、ダンスを盛り上げる。


あの二人は実は、名のある踊り手で、この日のために『青白き妖精たち』と練習を繰り返していたのだろう。

とダンスの名手として名高いある男爵夫人は断言した。そうでなければ、こんな踊りと曲をいくら『青白き妖精』とはいえ、即興で作れるはずはない。と彼女は言い切った。


まわりのものもそれにほぼ賛同したのである。

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