第346話 古竜たちの受難
ぼくは、焦っていた。
なにしろ時間がない。
アライアス侯爵とともに、打ち合わせに当たったドロシーからの情報によれば、ミトラの貴族たちはぜひ出席したいパーティーがあると、招待状の来る前から「出席します」と書いた手紙を送りつけてくる風習があるらしい。
これは、その会合の主旨、例えば誰それの誕生会であれば、それを祝う気が自分にもある、という意思表明なので失礼には当たらない、ということのようだ。
今回、前日までに届いた手紙は、三百通を超えていたという。
クローディアの親父殿がこの街に、ようやっと到着したのが、三日前ということを考えると、情報が伝わった王族、貴族、各国の外交官はこぞって手紙を送ってきたようだ。
もちろん、手紙がないからと安心していると、偶然通りがかった体で、いきなり尋ねてくる例もあり油断はできないらしい。
そんなわけで、いかに「剣聖」を祖に持つガルフィート伯爵家が、大都市ミトラには珍しいほどの大邸宅を構えていたとしても、その庭園が広大なものであったとしても、全員を収容できるとはとても思えなかった。
式次第を請け負ったアライアス侯爵が出したのは、パーティーの時間を長時間にして、参加時間は自由。腹がくちくなったもの、酔い潰れたものは随時退出いただくことだった。
このため、まだ昼食にはだいぶ間がある時間にも関わらず、客人を招き入れようとしている。
目の前には、ニタニタと不気味な笑いを浮かべるアモンと、その前に真っ青になって硬直する古竜たちがいた。
とにかく「これ」を片付けねばならない。
ラウレスに、ひとりで料理をつくりはじめるよう頼んでから、ぼくは古竜さんたちを促した。
「古竜の皆さん、とりあえずこちらへ。」
古竜たちは硬直して動かない。
「そこにいると邪魔になるな。」
アモンの一言に、彼らは飛び上がった。
「ルトの言うことに従え。わたしたち『踊る道化師』のリーダーだ。」
いや、そんな化け物を見る目でぼくを見るな。
なんだか、歩き方もぎこちなくなった古竜の一団をひきつれてぼくは、会場の奥に向かった。
「クローディア陛下はご存知ですか?」
ときいたが、返事は返ってこなかった。人間界のことを知らぬと言うより、アモンに出会った衝撃でほかのことはどうでもよくなっていたのだろう。
適当に威張って、報酬をもらって帰るつもりが、とんでもないことになっている。
ちょっぴり、かわいそうになりかけた。
「に、にんげん風情が、」
アモンの姿が見えなくなったところで、古竜のひとり、白い顎髭を伸ばし老人がうめいた。
「いまは、リ」
残りの全員からグーパンチが飛んで、老人は地面に叩き伏せられた。
「アモンさまの顔をたてておいてやるが、覚えておれよ。」
土にめり込んだ顔をおこして、老人はつぶやいた。目の奥がメラメラと燃えている。
いや、比喩的な表現ではない。実際にそこから火炎系の魔法を放出できるのかもしれない。
「とりあえずは、主賓であるクローディア大公夫妻にご挨拶を。」
ぼくは六人を促した。
「人間風情にあいさつなど」
言いかけた老人の表情が固まった。
残りの五名はもう少し早く気が付いていて、舞台のうえの人影に、礼儀正しく一礼をしていた。
「よう。竜王の牙風情よ。久しいなあ。久遠竜ジンサイだったか? 息災でなにより。」
鎧の上からマントを羽織るのが唯一のおしゃれと思い込んでいる女傑は、豪快に笑って、老人の肩を叩いた。
「りゅう‥‥のきば、ふぜい、だと?」
「そうだ。知らなかったのか? 竜の牙なんぞ、いくらでも生え変わることできるのだ。
いわばお前たちは、消耗の効く戦闘要員なんだ。
気がつかなかったか?」
「は、は、は」
道化服をまとった竜(こいつがリーダーらしかった)は冷や汗を流しながら言った。
「手厳しいのお、斧神どのは。」
「どうなっているのだ、ここは!
黒竜ラウレスが帽子をかぶってコックをしている。リ‥‥アモンさまが、人間の冒険者パーティにいる。斧神が北の白狼の花嫁だとっ! ここはなにかっ! 知らない間にわたしたちは異世界に来ていたのか? ここは違う時間軸なのか!」
さっきぼくが助けた少女が早口で捲し立てた。
「妖滅竜は、相変わらず落ち着きがないな。」
アウデリアさんは、笑った。
一応、丁寧に頭を下げるクローディアの親父殿を尻目に、全員に酒のグラスを配った。
「さて乾杯といこうか。まったくお主らのように騒がしい連中をガルフィート伯爵はなんで呼び寄せたのか、さっぱりわからん!」
おそらくは、会場警固のためなのだ。
だがこの有様では、こいつらの存在そのものがトラブルの原因になりかねない。
さて、正面の門があき、有象無象、もとい、パーティーの出席者が入ってくる。ガルフィート伯爵やカテリアが迎えて、挨拶を交わしている。
フィオリナは、どこだろう。
庭に設えられた立食パーティー用のテーブルを見渡しながら、ぼくは背筋が凍った。
ほかの使用人たちとは、あきらかに違う制服の侍女が甲斐甲斐しく、働いている。
その制服は、クローディア大公家のお仕着せのもので、着ているのはフィオリナ自身だった。
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