第344話 竜王の牙
ギウリークの貴族、特に名門と呼ばれる貴族家の屋敷にはある特徴がある。
本館から離れた別棟。そこに、家長だけが入れる別室を作るのだ。
これは、彼らがその祖先の英霊たちと交信するための部屋だと言われている。
たしかに古くからの名家ほど、先祖はどこそこの英雄であったとか、なになに神の血を引くなになにを祖にもつとか、なにかと家系図を盛りたがるものだ。
実際に、祖先が英雄、神の子だったものは少なく、その霊と交信できるものは皆無である。
では、その無意味な伯付け以外でなにに役立っているかと言えば、転移を用いて訪れる特殊な客人の応対のためである。
誰にも知られず、こっそりと尋ね、そして帰る。
家長は、「先祖の霊と交信する」ことを名目として、そこに籠ることができる。
ただし。
転移を使って訪問してくるものなどそもそもいないのだ。
転移のためのマーカーでもない限り、屋内などの狭い場所に転移してくる術者などいないだろうし、転移自体が稀な技術である。
かくして、「交信所」は、家人や召使いたちの逢い引きの場所となり、多くの場合はたんある物置きと化している。
それでも「交信所」は、それをもつこと自体がステイタスとなっているため、いわゆる「成り上がり」を除いては、必ずと言ってよいほどに設営される。
本当に「剣聖」ガルフィートを祖に持つガルフィート伯爵家でもその例外ではなかった。
そして、いま。
「交信所」はひさびさにその意味を果たそうとしていた。
ガルフィート家では、そこは礼拝堂を模している。
祭壇のうえには、ドアがひとつ。
どこにも繋がらぬ扉がぽつんとおかれている。
その扉が内側から開かれた。
ガルフィート伯爵は、膝を着いて人影を迎えた。
人数は六。
服装はバラバラだった。
簡素ながら鎧を身につけたもの。大昔の学者が好んだトーガをまとったもの。道化が着るような、派手な水玉模様の繋ぎを着たもの。
年齢も性別もバラバラだった。
白い髭をたくわえた老人、頭巾を目深にかぶった女は腰の曲がった老婆にも見えた。
若いほうは、カテリアと変わらぬ十代の後半に見えた。
「ガルフィートの当代よ。」
道化服の男が、身を低くする伯爵に問いかけた。
「これはいったい、なんの冗談なのだ?
我々、竜王の牙を呼び出したからには、それなりの理由があったのだ、うな。我々を納得させるだけの。」
「今宵、いらぬ騒ぎをおこさせないためです、古竜どの。」
「火閃竜リイウーと呼ぶが良い。」
「ははっ、リイウー様。」
「して、今日我々はどの国を滅ぼすのだ? ガルフィートの末裔よ。」
「とんでもございません。」
笑みを浮かべたガルフィート伯爵の胆力を褒めるべきであろう。
居並ぶものたちは、みな古竜。人間をこえた存在である。
「皆さまにおかれたは、我が家のパーティーを楽しんでいただければそれで充分です。
皆さまの存在、それだけで悪しきものどもは畏敬に打たれ退散いたしますでしょう。」
「確かに、戦わずして勝利を得られればそれにこした事はない。」
中心になってしゃべっているのころをみると、この道化服の火閃竜とやらがよりにもよって、リーダーなのだろうか。
人化の魔法によって姿を選んでいる以上どう言う姿をとろうが自由なのだが。
「会が始まるまで、いま少し時間がございます。」
ガルフィートは、立ち上がり一行を「交信所」の外へと誘った。
「本日、警備を担う銀級冒険者パーティ“踊る道化師”を紹介されていただきます。」
「そのようなものっ!」
十代の少女が鼻を鳴らした。
「我らが入れば必要なかろうにっ。」
「彼らはこの度、主賓であるクローディア公の救出に尽力してもらったものたちです。本来ならば、来賓として招きたいのですが、身分がないため、会場の警護として招いております。」
庭にむかってあるき始めたガルフォート伯爵のあとを、ついた古竜の少女のまえを、肉や野菜、食材を山盛りにしたカゴを担い料理人が横切った。
「おっと失礼」
「ぶ、無礼なっ!」
少女の口がかっと開かれた。長く伸びた牙がめりめりと頬をつきやぶった。
「謝罪せよ、下郎!」
ガルフォート伯爵があわてて、料理人と古竜の間に割って入った。
「申し訳ございません。その者は教皇庁が、クローディア大公陛下の結婚披露宴のため、特に招いた料理人です。なにとぞ、ご容赦ください。」
だが、少女の変身はとまらない。体をふたつに折り曲げてうずくまるその背から、背びれめりめりと音をたてて伸びていく。
周りのものたちは、あきれたようにそれを眺めているが、止めようとはしなかった。人間ひとり死のうが生きようがどうでもよいのだ。
料理人は、しかし、苦笑いして、荷をおろして両手をひろげた。
「人化が下手だな、妖滅竜クサナギ。『竜王の牙』になったそうだが、そういうところは昔とまったく変わらぬ。」
六体の竜がいっせいに叫んだ。
「ラウレス!?」
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