第317話 後始末の記
ギムリウスを慰めるのには、結構時間がかかった。
自分が騙されたことよりも、新しいお友達ができたつもりが、そうでなかったことにギムリウスはガッカリして、いた。
ウォルトとミイシアを、ぼくとフィオリナに紹介するのもそれはそれは楽しみにしていたので、それが叶わないこととなると、がっかりしたように蹲っていた。
ギムリウスのヒトガタは、ものすごく出来が良い。それこそ感情の動きが全く隠せないほどに。
あとはロウ=リンド。
この面倒見のいい吸血鬼には、認識阻害の魔法のことは説明したが、ラウレスとエミリアには黙ってることにした。
ぼくらはもう少し、ミトラで活動しなければならないのだし、ラウレスたちにはその隠れ蓑になってもらいたい。
海千山千のエミリアはともかく、ラウレスにそんな演技力があるとはとても思えなかった。
さて、列車の運行を妨げていたものは、解消されたので、列車は動き出してはいたものの、この駅を含み、いくつかの駅で渋滞が発生していたので、その解消には少し時間がかかった。
その間、クローディア陛下は、エステルの遺した行政機構を使って、いくつかの改善案を・・・指示も依頼もしていない。そんな権限は、彼にはない。
ただ、この騒動を通じて、陛下は治安長官ほかに絶大なる信頼を得ていたので、相談に乗るままに、それに答えただけだ。
エステル伯爵領がどうなるかは、これからギウリークが決めるのだろう。
だが、駅のホームや改札口の増設、エステル伯爵がやるべきであった一連の改革は、これでスタートすることになる。
列車の運行停止によって、溢れた乗客によって暴利を貪っていた一部の飲食店や宿泊業者は、新しい改札前の再開発からは、弾かれることになったが、これは仕方のないことだろう。
費用については、クローディア大公国からの借款になるようだった。
ゼナス・ブォレストの遺体は、鉄道公社が引き取った。驚いたことに彼には、妻も子もいた。
鉄道公社内では、叩き上げのエリートの一人であり、将来はもう少し上の地位で活躍することを期待されていた人物でもあったようで、その死は、悲嘆と安堵を持って迎えられた。
彼がやろうとしていたことは、少なくとも鉄道公社の意向からはすでにかなり、かけ離れており、優秀だった彼の死を悼むとともに、自らがその計画を暴きたて公式に彼を罰するのではなく「個人的な意向」で彼が殺されたことに一安心していたのだ。
キッガのほうは、エステル家代々の墓地に亡骸を葬られた。もともとは暫定的にほんの数日間伯爵の地位にいただけだったが、ほかに葬る場所もなく、親類筋からも別に文句もでなかったようだ。
葬儀にはもと、白狼団の面々が参加した。
ラウレスは、前ロテリウム公爵にすっかり気に入られたらしく、どこに行くにもべったりだった。
ご老公は、ラウレスを途方もない器量をそなえた大人物だと錯覚したらしく、竜人部隊の最高顧問として、迎えたい。あるいはそれが叶わぬならば、ロデリウム家の精鋭部隊「ナンバーズ」の指揮官として彼を迎えたいようだ。ラウレスはその勧誘から逃げ回っている。
これはラウレスが正しくて、いくら古竜とはいえ、鉄道公社の「絶士」やぼくら「踊る道化師」とやり合うには、彼では命がいくつあっても足りない。
そういうことを遠回しに表現するのだか、ご老公は、なんと奥ゆかしい竜なのだろうと勘違いをし、いっそう彼を追いかけ回すのだ。
「なんだ、それ?」
ぼくがいるのは、病院のベッドである。オルガと、やり合うのに妙なところに目玉を作ってしまったのを摘出する施術をうけたのだ。
とはいっても治癒は自分でできるから、今日にも退院する予定だ。ギムリウスは、「お見舞い」に来たのがうれしいらしく、ぼくの体を巻き込んで巣を作り始めていた。
ぼくが「なんだそれ」と言ったのはギムリウスのことではなく、フィオリナがメイドを連れていたことである。
「メイドさんだ。料理以外はなんでも出来る。」
「なんでも、とは?」
「接近戦でも長距離戦でも」
「メイドさんの、仕事とは違うだろうに!」
「どうも我が主。」
別に凹んだ様子もなく、メイドは愛想良く微笑んでみせた。
「わたしは、鉄道公社の“絶”魔法士グルジエン。姫を絶士にスカウトしたかったのだけど、もう別のパーティにいるというので、見学にきた。」
「絶士はどーする?」
「ランゴバルト冒険者学校への研修留学ということで出向の辞令をもらった。」
グルジエンは、ぼくのベッドのそばにかがみこんだ。
「ついでにギムリウスのスカウトも続行するように、と。」
「否!」
ギムリウスの肩口にうっすら残る刀傷は、絶剣士のアイクロフトによるものらしい。
絶士。
まったくノーマークだったが、注意しないとな。
「主が、フィオリナ姫の婚約者ハルト殿下ですか?」
「いま、ミトラに潜入中なんだ。ぼくのことは、ウォルト、フィオリナの、ことはミイシアと呼んでくれ。」
「OK、ウォルトさま。」
くるりとその場で回るとドレスの裾が舞い上がり、まぶしい足があらわにみえた。
「ルト! わらわが見舞いにきたぞ!
歓喜のあまりにのたうち回るがよい!」
オルガを先頭にアキルにドロシー、12使徒のミランまでいる。最後にひょっこりとロウが笑顔を覗かせたが、引率のつもりだろうか。
「ルト!」
あんなに頭のいい子なのにときどき、周りの、空気がまったくよめなくなるドロシーが飛びつくようにして抱きついてきた。
当然のことながら、ギムリウスの貼った巣にダイブすることになった彼女は、空中でバタバタともがく羽目になった。
「話ならわたしもある。順番を守るように。」
「ほうほう。わらわも話したいことはある。ならどうやって順番を決めるかの?」
個室とはいえ、病室にはオルガのデスサイズはデカすぎるだろう。
いや使えないと言ってるではなく、壁ごと切り裂くはめになるからさ。
「わたしは別に話はいいのだが。」
グルジエンはすこし頬を赤らめている、
「なんだ、その腕づくでやるのなら、ぜひとも参加したい。」
「我が君はもてるなあ!」
フィオリナがぼくの肩を叩いた。
「今度はわたしから婚約破棄しようか?」
まあまあ。
と笑いながらロウが、ぼくとフィオリナの首に手を回して同時に抱きしめた。
「わたしは、あなたたちがふたりとも大好きだからね!」
「なるほど!」
邪神少女が、納得したように頷いた。
「わたしは、ロウさまとルトが好き。」
そういうわけの、わからない感情を持ち込まないで欲しいんだけど、ドロシーがぶつぶつと言った。
「いいぞっ!よく言えた!妖怪じじいの愛人!」
「夜の声がうるさいっ!まわりに聞かせたくてやってるのか!」
「わたしマシューから口説かれてるけど試してみてもいい?」
ぐはっ!
ドロシーが顔を真っ赤にして、黙り込んだ。
「とにかく、話はしないとね。」
ぼくは無難に引き取った。
「個別の話のまえに皆にしっておいてもらいたいことを話そうと思うんだ。」
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