第301話 クローディア大公まかり通る

「いやあ、シホウ殿。」


悠然と、大公陛下は絶拳士の前に歩み出た。


「クローディア公か。」


クローディアは堂々たる偉丈夫である。その彼よりもシホウは頭ひとつ大きく、幅もでかい。


「伯爵を殺害し、その罪をわたしに着せる計画は、どなたが?」

「知らんな。」

「けっこうです。ではどなたに伺えばわかりますかな?」

「ゼナス・ブォストル局長か、あのキッガとかいう女だな。」

「なるほど。」


そのまま、歩みを止めずにシホウの脇を通り過ぎようとしたので、シホウは焦った。


「待て! クローディア公。お主には用がある。」

「何のようかな?

それが、エステル伯爵閣下の殺害容疑者として逮捕されることならば、ごめん被る。」


クローディアの腕を掴もうとしたシホウの手首を、ロウが抑えた。

シホウの体躯に比べれば、大人と子供、いや竜とトカゲか。

吸血鬼のふるう怪力は二十人力とも言われる。


そのロウの手を。

シホウがゆっくりと押し返した。


ロウの眉に皺がよった。いくら体格差があるとはいえ、この力は人間を超えている。

ゆっくりと。

しかし、容赦なく。

ロウの腕は、関節と逆方向に折り曲げられていく。

バキ。

骨の折れる音は一回ではなかった。

掴んだ手首が折れ、肘が砕け、肩が外れた。


シホウは鬼の形相だった。

「吸血鬼風情が、触るな。」


その巨体が、ぐるりと回転した。

ロウは体を斜め後ろにそらしただけ。その僅かな動作で巨漢は、頭から地面に叩きつけれられたのだ。


「人間風情がわたしに触れることを許した覚えはないぞ。」


少なくとも三ヶ所。関節以外のところで折れ曲がったロウの腕は、一振りすると元通りになった。


「やるなあ。」


素直に簡単の声を上げて、シホウは体を起こした・・・起こそうとしたその顔にロウは蹴りを叩き込む。その足首を掴んで、シホウはロウの体を振り回した。叩きつけられた地面は、人型に凹んだ。

衝撃音は、窓を揺らし、土埃が舞い上がった。


「最初から、白狼団に潜り込むつもりだったのか?」


踏みつける足を掻い潜り、ロウは地面から平然と身を起こした。


「いや、偶然だよ。全く偶然って奴は怖いよねえ。」

「おまえ・・・・伯爵級か?」

「うんにゃ・・・・真祖。」


シホウの浮かべた笑みは、純粋に喜びからくるものだった。


「いいねえ。」


「そうかな。」


「吸血鬼だろうが竜人だろうが、俺は強い奴は無条件に尊敬するんだ。

クローディアの前におまえから始末する。」


突き出した拳は、ロウの視力を持ってしても数十に分裂して見えた。

後退しながら捌こうとするが、顔に一撃を食らった。のけぞったところにさらに追い討ちがかかる。


吹き飛んだロウに、襲い掛かるシホウとの間に、ジウル・ボルテックが割って入った。


シホウの目が大きく見開かれた。


扱いが雑だ、などとブツブツ言いながら、歩み出た若者が並々ならぬ技量の持ち主であることがわかったからだ。


「今度は誰だ?」

「水王竜殺拳ジウル・ボルテック。」

「面白い。貴様を倒して、それからあの吸血鬼も倒し、それからアウデリアも倒し、クローディア公も・・・」


シホウは、間違いなく自分が戦闘狂だと自負している。

しかし口にしていて、あまりにもふざけた事を言っているのに気がついた。


「おまえらは一体なんだ?」




「少年よ。」


ご老公は注意深く、ウォルトに呼びかけた。

何者かはわからない。だが、この少年に得体の知れぬものを感じたのだ。


「そんなに得体のしれない怪しげな人物に見えますかね。」


傷ついたように少年は言った。

おそらく14、5だろうか。優しげな顔立ちでニコリと笑う。


「見えるよ、わしには、な。」


「まあ、多少の自覚はあるんですけど。」

少年は言った。

「謎の拳法家とか、ヴァルゴールの12使徒とか、その彼女が自らの神と崇める異世界少女とか、銀灰皇国出身の謎の女冒険者・・・とかと比較してもそんなに怪しげですかねえ。」


「怪しげなのを自覚しているとはまことにけっこう。」

老公は眉の下から目を光らせた。

「しかしながら、そのそうそうたる面子が一目置いているお主の知恵を借りたいと言ったら?」


シホウとジウルは正面からぶつかりあっていた。

凄まじい連打が互いを襲う。

互いに互いを一撃で圧倒する技を持っているのが、無意識にわかったのだ。

その技を出されたら。


自分が負ける。

技の溜めを作らせないために。二人は最速の拳を雨の如くに相手に降らせた。


そして、雨粒を避ける動作ができないように。

二人の拳は互いの体を叩きつけていく。


「何を答えましょう? ご老公。」


「この騒ぎの決着をどうつける?」


「ああ。」ウォルト少年は考え込んだ。

「そもそも鉄道公団の意図は何ですか?」


「わしらの調べでは、オールべ一帯を自分らの直接管理する土地にしたいのだ。そのためにエステル伯の失政を見て見ぬふりをした。おそらくギウリークの上層部には話がついておるよ。」


「なるほど! それは確かにいい考えかも知れません。ステーションの経営などというものは封建領主には難しいですからね。」


封建領主の一人である老公が苦い顔をするのを無視して、少年は続けた。


「しかし、それをするのになぜ、エステル伯爵を暗殺して、クローディア大公陛下に罪をなすりつけるような真似をするのですか?

クローディア大公は、これから魔道列車を北方に伸ばす際に、中心となる人物ですよ。」


「エステル伯爵の養女キッガ、だ。」

老人はいやそうに言った。

「いや、養女ではなく実の娘だという話もある。伯爵はキッガを愛人にし、白狼団なる盗賊を組織させ、定期的に列車の運行を妨害しては上納金をせしめていた。

キッガはそれに飽き足らずに、伯爵を殺害して自分が女伯爵になることを望んだのだ。


裏で糸を引いているのが鉄道公社だ。

わしらの調べでは責任者は、ゼナス・ブォストルなる人物だ。キッガを自分の女にして、エステル伯を殺害し、キッガを伯爵として立てた。キッガの命令で鉄道公社の保安部を数千人単位で送り込み、この街を乗っ取ろうとしている。」


「ああ、鉄道公社のやりたいことはわかりますけど、そのゼナス・ブォストルとキッガって人たちは馬鹿すぎますねえ。」


少年の笑顔を見て、老公は愕然とした。

まるで年を経た古竜のように、人間を超越したものの表情に見えたからだ。


「なら、その二人がいなくなれば随分とうまく行きそうですね。」



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