第298話 邪神とその使徒

ミランの能力は「影」を使うことだ。

最終的に心の臓を抉り出すのは、手ですると決めていたが、戦闘力を奪うのは、影を剣に使う。

静かで疾く、魔力のかからない武具では防ぐことはかなわない。



そして彼女自身も影の中に潜むことができる。

走る影の剣は、しかし投擲された短剣、地を踏みつけた震脚に止められた。狙った少女をガードするかのように、拳士と黒ずくめの傭兵が前に出る。

そして彼女自身にむかって朱い弧月が放たれた。


それは影に潜んだ彼女をも両断する魔力を秘めていた。

身をひそめた影から飛び出したミランは身構えた。


弧月を放ったのは、サングラスとストールで顔を隠したコートの女性だった。

影の剣を踏み砕いたのは、筋骨隆々たる女冒険者。

影の剣を縫い止めた短剣を投じたのは。


「ウォルト!!」

「ミラン!」


少年は叫んだ。

「ラウレスは? ギムリウスはどうした?」


「また別の敵に襲われたんだよ。«使徒狩り»アイクロフト。空中を歩いて斬撃から衝撃波を放つ。ラウレスは避け損なって、転落した。ボクは・・・」

ミランは悔しそうに口唇を噛んだ。

「地上に転送させられた。たぶん足手まといだと思われたんだ。実際にそれは否定しないけど。」


「みなさんっ!」

ウォルトは、一向に向き直って手を広げた。

「戦いはお待ち下さい。これは、ぼくの知り合いです。」


「けっこうやっかいなやつのようだがな。」

女冒険者が唸るように言った。

「血の匂いがぷんぷんする。」


「そんなはずは・・・」ミランはくんくんと手の匂いを嗅いだ。大丈夫。「ちゃんとお風呂にはいってるし。今月に入って抉った心臓は一個だけだし。」


「充分、やっかいだわ。」

女冒険者が戦斧を片手に踏み出した。その足元の石畳が放射状にひび割れる。


「いや、それもギムリウスが助けてしまったから、実質誰も殺してない。」

「独特な言い訳をするな。」


「こいつは敵ではありません。」

ウォルトはきっぱりと言い切った。

「ヴァルゴールの12使徒のミランです。ですからアキルの配下ですよ。」


「いま、こいつが狙ったのはアキルだぞ!?」

「たぶん初対面なんでわからなかったのだと思います。アキル?」


黒い髪に黒い瞳の少女が歩み出た。

「ウォルトくん、ギムリウスからなにを吹き込まれたのかわからないんだけど・・・」


よろよろ、と。

ミランが座り込んだ。


目が異様な輝きを見せていた。

剣士と傭兵がガードするように前に立ちふさがるのを、少女はそっと抑えた。


「はい、ちゃんと覚えてるよ。12使徒一協調性のないミランだね。影の刃を使う。」

「お、お褒めに預かり・・・・」

「いや、褒めてないんだけど・・・」


「御身が現し世に肉体をもって降臨されたと伺いましたが、不明なるボクはそれを誠と信じることができず。」


「まあ、普通はありえない。」

ウォルトが、真面目な顔で言った。

「神なんて接触しただけで、たいていの定命の生き物は正気を保てない。まして依代に使われようものならば、魂縛砕けて輪廻からも追放される。

そして、神もまたしばしの間、地上に留まれるだけで、本来の力の万分の一も発揮できない。

そうまでして、地上に降りたいと願い、実行する神がいるだろうか。」


「まあ、神代の昔はいざしらず。」

アキルは言った。その表情はいつものどこか飄々とした十代の少女のものではなく、すべてを超越した絶対者のそれに見えた。

「いないだろうね。わたしも、それに・・・」

アキルの目がウォルトを捉えた。

「・・・だれかに余計なことを吹き込まれなければ、こんな決意はつかなかった。だれ・・・」

その目が驚愕に見開かれた。


「まあ、そのことはまた改めて。」

ウォルトは笑った。


「恐れながら」

ミランが尋ねた。

「御身はすでに、生贄をお望みでないとは真のことでありましょうか。」


「その通り。」(がっかりとしたようなミランの表情をみてアキルはあわてて続けた)「だが、流血を必要としないわけではない。おまえはわたしの身近に侍り、わたしの必要な流血を捧げよ。」


«ちょっと、なにを言い出すんだよ。危ないやつだぞ、ミランは!»

«し、しょうがないでしょ。ギムリウスの監督を離れて状態でほったらかしにできるわけないでしょ!»


この会話は、指先を触れ合っての「念話」で行われた。



「お見舞い!」

ギムリウスが、また壁と天井を走り回る。

「お見舞い!お見舞い!お見舞い!」


エミリアとミイシアは難しい顔でそれを見守った。

人間がするような「入院」してる自分に「お見舞い」が来たのがうれしいのだ。

それはそれで、可愛らしく思える程度の胆力は、エミリアにもミイシアにもあったが、正確にはミイシアことフィオリナは見舞いに来たのではない。


足は添え木を当てられて、分厚く包帯が巻かれている。顔の半分にも布が当てられている。

正確には「お見舞い」ではなく、自分の治療に訪れた病院で、死んでもいいような傷を負いながら元気な亜人が入院している噂をきいて、病室に様子を見に来ただけであった。


「『踊る道化師』のうち二人がここでリタイアか。」

自嘲めいた笑みを浮かべたミイシアだった。ミイシアは当然「自分」とギムリウスのことを言っていたのだが、きいたエミリアはエミリアとギムリウスのことを言っているのだと思った。


それはそれで悪いことはない。

ここから起こるのは、たぶんに政治がからんだ「政争」となる。

単純にオールべの支配権ではない。「鉄道公社」という組織が、西域九番目の強国として成立するかどうかの争いだ。


それにはギムリウスの制御しにくい暴力は、使いにくいかもしれないのだ。

そして、フィオリナ自身の力もまた。


制御しにくいことではギムリウスの「本体」と同様なのだ。

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