第287話 絶魔法士と姫君
ギムリウスは言われたとおりに、ミイシアを転移させた・・・ウォルトが止める暇もなかった。これはちょっとした混乱を彼らにもたらした・・・
いままで、一行はミイシアの浮遊魔法で、空中に浮かんでいたのであって、彼女がいなくなった以上、落下せざるをえない。
とっさに浮遊の魔法を構築するのは、ギムリウスもミランも出来なかった。
ウォルトは、浮遊する十字架を「収納」から取り出して、頭上になげた。そこに鋼糸をからませて、落下を阻止する。
もう片方の手は、エミリアの手を握っていた。お利口なギムリウスは、自ら糸を繰り出して、浮遊する十字架にからめて身体を安定させた。
ミランはギムリウスに、ラウレスはウォルトにしがみついて、それぞれ落下をまぬがれた。
「だ、大丈夫なのか、ミイシアは!」
ラウレスの声はうろたえきっている。
「この長距離で斬撃を届かせる相手だぞ。ミイシアは・・・その・・・」
最初の設定だと、ミイシアとウォルトは、魔法学校の留学生、あとからの設定だとクローディア大公国の諜報を担う特殊部隊の騎士だということになっていたが、いくらなんでも相手が悪い。それに諜報担当の人間はあまり積極的には戦いにいかないのだ。
「わたしが『試し』た友だちだから大丈夫。」
ギムリウスが安請け合いした。
ウォルトは、そこまで、自信が持てない。
それになんと言ってもウォルトことルトは、ミイシアことフィオリナが好きなのだ。死ななけりゃあまあいいや、はあんまりではないだろうか。
しかし、転送してしまったものは仕方ない。
ウォルトはギムリウスを見やった。
ちょうど、ラウレスは二つ目の分身を作り終えたところだった。
ギムリウスは、満足そうにもうちょっと首をのたくらせて牙をむくようにいろいろと指示をしていた。
「ギムリウス!」
「なんですか、ルト。」
と、答えてからギムリウスは慌てたように言い直した。
「間違えた。ウォルト。その・・・声がすごく似ていたから。」
「陛下とアウデリアさまの居場所は分かるか?」
ギムリウスは、困った顔をした。
「難しいよ、ウォルト。
人間というのは、ノイズの多い生き物なんだ。最初からわたしの分体でも寄生させて置けばともかく、」
瞳が分裂してくるくると回った。
「ああ、今度そうしておこう。」
「絶対にやめて。なら、強い魔力をもった個体はわかるか?」
「この距離からは無理だよ、ウォルト。」
ギムリウスは言った。
「強力な個体でも実際にその力を使っていなければ探知はもっと、近づかないと難しい。
例えば、同じ階層主なら魔道パターンが分かるからこの距離でもなんとかなるし、あるいは、それこそ、邪神ヴァルゴールの現身とでも、言うのでなければわかるのだが、そんなことはありえないし。」
言いながら探知のヴェールを投げてくれたのだろう。
ギムリウスは変な顔で、ウォルトを振り返った。
「どうした? ギムリウス。
強い魔力を使っての戦闘を感知できたのか?」
「全部だよ、ウォルト。」
神獣は、狼狽えたように言った。
「アウデリアさまとボルテックが戦ってて、アキルがいて、ロウ=リンドがいる。」
ロウが?
と、ウォルトは顔をしかめた。
「ギムリウス、ミトラに出かけることをみんなに言ってきたかい?」
「ルトに会ったらすぐ帰るつもりだったから」
ウォルトは忙しく頭働かせた。アキルたちは、山越えの旧街道でランゴバルトを旅立った。そこからさらに山中を抜けてオーベルに来ることはありえない話ではない。
ロウは、たぶんギムリウスを探しに来たのだ。
そして、オーベルで足止めを食った。
クローディア夫妻もやはり、ミトラへ向かう途中でその列車の遅延に巻き込まれたのだろう。
しかし、ボルテックとアウデリアがどうして戦うことに、なったのか。
「ギムリウス、ぼくをその場所に転移させてくれ。」
グエルジンは、手応えのなさにそれが「幻影」だと判断した。
実際に数秒後に、再び竜の姿が空に現れた。
メイドは顔をしかめて、肩をぐるぐると回した。
「ただの影ではない。たしかにあそこには魔力を感じる。偽物だけどまったく実態がないわけでもない・・・
なんだ、これは?」
靴のかかとで石畳を蹴りつけた。
「こんな魔法は知らないぞ。この世界にはこんな魔法はないはずだ。いったい。」
「そうだな。たったいまできたばかりの魔法だ。」
グエルジンは、そう言った相手を胡乱げに見つめた。
「どこから、現れたのだ? お姫さま。」
「なぜ、お姫さまだ。はじめてだろ、会うのは?」
「わたしはメイドだから、わかる。あなたはお姫さま。」
「100メトル上空の竜を一刀で葬るメイドか?」
「うん。」
グエルジンは頷いた。
「いろいろ、得意なこと不得意なことはあるんだが、わたしの得意ははなれた敵を攻撃することと、ベットメイキング。」
上げた手のひらに光が収束した。
狙いは、上空の巨竜の影。美しい姫君は、跳躍してその前に躍り込んだ。
叶わず発射される。
輝くような一閃が、それをはじいた。
「破邪光槍」は、剣で切断できるものだっただろうか。メイドは真剣に考えた。
切れぬ魔法を切るこのお姫さまは。
「クローディア大公国フィオリナ・・・ひめ?」
「そういうお前はなにもの? 無限長の斬撃を放ち、見たこともない光魔法を使う。異世界人・・・か。」
グエルジンはちょっと考えた。
このお姫さまは敵に違いないが、自己紹介はしておくべきだろう。
「わたしは、鉄道公社の『絶士』。グエルジン。」
そうか。「わたし」を知らない相手には、ルトの「認識阻害」は効かないのだったな。
ギムリウスもエミリアもラウレスも自分のことがわからないのに、この初めて合うメイドが、自分のことをわかっているのは妙な気がして面白かった。
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