第276話 ギムリウスはオールベへ!
「だいたいにおいて竜の二つ名というのは、見た目か能力で決まるんだ。」
ラウレスは、楽しそうにウォルトに話しかける。ウォルトが自己紹介どおりの一介の留学生ではなくて、クローディア公爵家の関係者だとわかってもその友情にはなんらかわりはない。ラウレスは実際、それがうれしかった。仲良くなった相手が実際は身長数十メトルの怪物だとわかったら、いままで通りに話ができるだろうか。
純粋な恐怖か。あるいはどうしょうもない畏怖か。
だが、ウォルト少年の態度はまったくかわらない。
どころか少々ぞんざいになったような気さえした。
「わたしの場合は、色が黒いから黒竜って呼ばれてるんだ。典型的な『見た目』による二つ名だな。」
「『氷雪公主』ラスティなんかはどっちだろう。」
馬車に揺られながら、ウォルトは尋ねた。
「そうだな、彼女の場合も見た目だろうね。輝くような白い竜だから。別段、冷凍系の魔法が得意なわけではない。」
「でも炎熱系が得意なわけでもないだろう。いつもクッキーやパンを焦がしてたようだし。」
「高熱が冷凍が、というより、微細なコントロールに難があるのさ、彼女の場合。」
ラウレスは顔をしかめた。
「料理人には向かないタイプだね。でもまだあの子は若いから。魔法の制御はこれから覚えていくだろう。」
ミイシアもエミリアと仲良くしゃべっていたが、前と違うのは、ミイシアが完全にうえからしゃべっていることだった。エミリアの被っていた猫よりもミイシアの猫のほうがはるかに大きかったらしい。
ギムリウスは馬車の天井にへばりついていた。ミランはそのギムリウスにへばりついている。
辻馬車が襲われることもあるぶっそうなミトラの市街地でも、やはり天井にひとがへばりついている馬車を襲う勇気ある強盗はいなかったようで、彼らは順当に郊外の丘陵地帯に入っていった。
「ラウレスは、能力で二つ名をつけられなくてよかったねえ。」
ウォルトがしみじみと言った。
「いや、わたしは能力による二つ名は憧れるけどな。空間操作能力にたけ、自ら異世界を作り出すことができる『深淵』竜ゾールなんてかっこいいじゃないか。」
「その理屈でいけば、きみは『運搬竜』ってことになるけど。」
ショックを受けたように、ラウレスはなんどかその呼び名を舌の先で転がした。
「運搬竜・・・・運搬竜・・・うん、ひびきは悪いけど、わたしの長所はそれくらいだからな。こんどから運搬竜を名乗ることにするよ。」
「やめとけ。」
馬車がそろそろきびしくなってきた坂道で、一行は馬車からおりた。
山道をてくてくと1時間ほども歩く。
複数の古竜を抱えるギウリークでも、竜の姿はけっして見慣れたものではない。市民にパニックを起こさせないためには、ひと目につかないところで変身し、すみやかに飛び立つ必要があった。
「この中に竜に乗るのがはじめてのものは?」
ラウレスは一応きいたが、手をあげたのはギムリウスとミランだけだった。
エミリアは前にランゴバルドから、グランダまで乗せたけど、ウォルトとミイシアも経験があるのか、たいしたものだとラウレスは感心した。
「竜の背に乗る」を「玉座につく」の隠語で使っている国もある。それは古竜というものが希少な存在である以上、きわめて、希な体験なのだ。
「ちょっとここで変身するの?」
ミイシアは怖い顔をした。
「木がみんな折れちゃうじゃない。上空に浮かんでから変身して、それから力場でわたしたちを引っ張りあげてよ。」
「いや、人間の姿のままで、飛ぶのはちょっと苦手で」
もう、しょうがないなあ、とミイシアはため息をついて、風をよんだ。渦巻くような風が、ラウレスの身体を持ち上げた。うわあ、目が回る・・・回らない。
周りの風はすさまじい勢いで回転しているのだが、その中心にいるラウレスにはそよ風も感じられないのだ。
おいおい。フィオリナ並の魔法制御じゃないか。
と、ラウレスは思った。
彼らが木立の中の点にしか見えなくなってから、ラウレスは竜の姿に戻った。人間の姿を好む彼でもやはり、本来の身体ですべての能力をぞんぶんにふるえる開放感はすてがたい。
大きく一声鳴いてから、彼は力場で、一堂を引っ張り上げた。
“ところで、オールべには何をしに行くんだ?”
一定高度に達して、安定飛行に移ってからラウレスは念話でたずねた。
「クローディア大公とアウデリアさまが、列車の事故で足止めを食っている。」
ギムリウスが答えた。
“なるほど、彼らを探し出してミトラにお連れすればいいのだな?”
ギムリウスがちょっと黙ったのは、なるほどそれでもいいか、と思ったからであった。
しかし。
「いや、侯爵さまはオールべでなにが起こっているか探れとのことだった。それで報酬がもらえるから、なんで列車の遅延が頻繁に起こるかをつきとめて、その原因も排除する。」
ギムリウスってばほんとにいい子。
だれもそこまでは要求していなかったのだが。
ギムリウスは、相手がなにであれ、それが可能だと考えていた。侯爵閣下もそう思ったからこそ、自分に依頼をかけたのだと。
あきれたことに、エミリア以外は誰もそれが異常なことだとは思わなかった。
「ち、ちょっと待ってよ。あそこはいろいろ変な噂があるのよ。
よくわからない盗賊団が、定期的に列車をとめて上納金を要求してるとか、それが、伯爵領ぐるみでやってるとか。」
エミリアはさすがに裏社会の人間だけあって情報通であった。
「それを鉄道公社も認めてて、やつらの目的は実は、伯爵領をつぶして、そこを公社の直轄地にすることだ、とか。いろいろ噂されてるのよ。」
「それっていいことなの?」
ギムリウスはたずねた。
「言い訳がないでしょ!」
「なら潰そう。」
「待て!」
ミイシアは完全にフィオリナの口調になっている。
ギムリウスもラウレスもエミリアも、まるでフィオリナみたいだな、と思ったが、フィオリナだとは思わない。
「伯爵領ごとぐるなら、それはオーベルの街ごと粉砕するってことだし、鉄道公社もからんでるなら公社も敵に回すってことだ。」
「うん、やろう。」
このとき、ウォルトとミイシアの脳裏には、巨大な蜘蛛に蹂躙されるオーベルの街がまざまざと見えていた。
「壊すにしろ、殺すにしろ、必要な部分は最小限にしよう。」
ウォルトが言った。
「それは、まずオールベの街をよく見てからだ。いいね、ギムリウス。」
「ウォルトはほんとにルトみたいなことを言う。」
ギムリウスは感心した。
「ならウォルトの言うことに従う。どこで本体をよんでいいか教えて。」
いや、とウォルトのルトと、ミイシアのフィオリナは遠い目をした。
本体だけは呼ばせちゃダメだ。
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