第275話 各個撃破されたのはどっち
「ぜ、全滅!!」
蒼白になったキッガが叫んだ。
「いや、心配はいらない。白狼団が全員入院したのには間違いないが、死んだものはいない。みな十日程度で退院できるだろうとのことだ。」
ロウ=リンドは清々しい笑顔を浮かべて、キッガに言った。
「それに考えてみろ。60名の白狼団員をたった一人で殲滅したジウル・ボルテックが味方についたのだ。戦力的には全くダウンしていない。」
そのジウルは、ドロシーやアキルと同様に印象的なスカーフを首に巻いたまま、虚な目と声でキッガに語りかけた。
「ジウルです。仲間になります。」
ロウの魔眼の力なのだろう。
だが、それができるならなんで最初からそうしてくれなかったのだ!
「いや、その、しかし!」
「まあ、いいではないか、キッガ。」
ある意味、白狼団の戦闘力を当てにする時期は過ぎたと、考えていたゼナス・ブォストルは無表情に言った。
キッガと違い彼には、白狼団への仲間意識などはない。むしろある段階で始末すべき対象と見ていた。
少し早いが自分の思惑通りだ。
「予定通りだ、キッガ。すべてはわたしの計画通りだ。」
そう言いながら、ゼナス・ブォストルはコツコツと指でテーブルを叩いた。
「おまえは、暫定で爵位を継げ。
伯の直系はお前だけだ。正式な爵位ともなれば、親類縁者やギウリークも口を出してくるが暫定なら文句はでない。どのみち、ここで度重なる列車運行の遅延の責任をとりたいものはいないだろうからな。
そして、父親の悪辣で無能な治世を世に訴えるのだ。」
キッガは不安そうに愛する男を見やった。
「でも」
「ああ、伯爵の無能の為に、列車の遅延に怒ったクローディア公は、抗議に訪れた別邸で、言い争いののち、怒りにまかせて伯を斬殺。取り押さえようとした兵どもを殺害して逃亡した。」
「は、離れの別宅の警備のものを殺したの!」
キッガは、ゼナス・ブォストルに詰問した。
「あそこの兵は早くからわたしに忠誠を誓ってくれていたのに!」
「その兵たちを皆殺しにされてしまったのだ。おまえのクローディア公への怒りは収まるまい。それこそ、逮捕しようとして、抵抗され、うっかり死なせてしまうくらいには。」
「・・・・・」
「証拠はそろっている。あるいはあとからでも作れる。あとは必要なのは、クローディア公夫妻の死体だ。それだけあれば充分だ。
鉄道公社は、この悲劇を重く受け止め、旧態依然の封建的領主制のもとでは、鉄道運営がうまく行かないと具申する。その過程で、“暫定”でオーベルを公社の直轄におくよう提案しよう。
この暫定は永久に続き、今後ともそのような地域は増えていくだろう。
ギウリークだけでなく、すべての人類社会にな。
今回の件は、すでに鉄道公社の力でギウリーク皇室にも、聖光教会にも根回しは済んでいる。すべては上手くいく。」
さすがにキッガも不安げな様子であった。
それにのっかるように、ロウは口をはさんだ。
「本当にうまくいくのか?
クローディア大公自身も、その仲間もわたしの知る限り、腕利き揃いだぞ。」
ブォストルは彼女をせせら笑うように返した。
「それは『真祖』を名乗るお前でも歯がたたん、ということか。」
「たやすくは勝てないということだよ。たとえば、実質英雄級ではないかと噂される冒険者アウデリアやロデリウム公爵家の精鋭ナンバーズとかね。」
「絶士を三名呼んでいるのだ。死体の数でカタが着くことなら心配はいらん。」
くるりと振り返り、自分のグラスに酒をなみなみと注いだ。
「そもそも奴らがやっかいだったのは、暴力と権威が巧みにブレンドされていたことにある。
それぞれ個別にわけてしまえば、それほど、やっかいなものではない。
クローディア公は一国の領主であるが、いまはその精強な軍団は一緒にはいない。前ロデリウム公爵は、公式にはロデリウム家との縁を切り、なんの影響力も持たぬ立場だ。それを条件に爵位を譲り、ロデニウム公爵家は存続を許された。
このジウルという拳士はなみなみならぬ力をもっていたようだが、こうして権力から引き離されて、人質をとられてしまえば、あっさり罠にもかかる。
現に今もやつらの仲間はひとり数を減らしているはずだ。
絶“魔法士”グエルジンがやつらの仲間のひとり、賢者ウィルニアを名乗る道化者を抹殺しているころだ。」
ロウは、思った。
あーあ、やっちゃったな。
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