第7部 ミトラ動乱篇

第201話 北の国から

「今日はずいぶんとご馳走だね。」

ウィルニアは、ヨウィスにそう言った。


昼食は、このところ、秘書のヨウィスが手作りすることが多い。

刃物以上の切れ味のある鋼糸を使って、調理するのだが、およそ「手が二本しかない」という人間の限界を超えた調理をするので、並の料理人のレベルをはるかにこえた料理を提供してくれる。


「ラウレスにヨウィスをぶつけていれば、全勝でいけたかも」

と悔やむウィルニアだがいずれにしても相手に多少は花を持たせてやらない訳にはいかなかったから、これでいいのだろう。


「お昼に親父殿とアウデリアさまが来る。」

ヨウィスは、膨大な彼女の収納から次々に皿を取り出して、テーブルに並べ始めた。

「忘れてたわけじゃあるまい?」

「忘れてた。」


ヨウィスが見たところ、ウィルニアは自分の関心のない事柄については、かなりの阿呆だった。

着替えとか食事とか、日常生活にかかる部分は、そう。


「今日だっけ。」

ウィルニアは慌てて準備をはじめた。だが準備と言ってもトーガの着付けが乱れていないか、とかその程度。

人に対する好き嫌いの激しいウィルニアだったが、今日のふたりは友人1歩手前くらいの知己でしかも、彼の方から招待していて、これである。


ヨウィスが白ブドウを使った発泡酒の栓をあけると同時に、扉が開いて、クローディア大公とその夫人の来訪をつげた。


「アウデリア、もう体のほうはいいのかな?」

ウィルニアは、乾杯のあと、アウデリアに微笑みかけた。もともと優男の彼にはそんな表情が良く似合う。

だが、それはアウデリアの好みとは真逆であったので、彼女はそれを黙殺した。

いや。

黙殺はしていない。

ヨウィスが盛り付けたサラダを一口で放り込みながら、左手で力こぶを作ってみせた。


「魔道院付属の治療院のお陰です。」

礼儀正しく、ナイフとフォークを使って新鮮な野菜サラダを口に運びながらクローディア公は言った。

「ヨウィス、このサラダは美味いぞ。」


ヨウィスは、俯いてぶつぶつと感謝の言葉をつぶやいた。


「さて、早速だが」

「ウィルニア、早速すぎる。会食では食前酒とサラダとスープかが終わってから話題にはいる。」


「まあ、構いますまい。話題とは、かの対抗戦に出場した異世界からやってきた少女のことになりますかな?」


「主には、それです。」

ウィルニアは、物凄い勢いでサラダとスープを平らげつつ、言った。

彼なりにヨウィスの言葉を実行しようと思っての配慮だったが、喋りにくい事この上ない。

「あれは、ヴァルゴールだ。」

と、アウデリアはスープと酒のお代わりを所望しつつ断言した。

「正確には異世界に存在するヴァルゴールそのものだ。

招かれたとか、勇者とか、聞いて呆れる。」

「この世界のヴァルゴールが他の世界のヴァルゴールを招いて、己の勇者として認定したのなら辻褄は合います。別に嘘は言ったおりません。」

「貴様、邪神の肩を持つのか。」

アウデリアの犬歯が、バリバリと音を立てて骨を噛み砕いた。

Tボーンステーキの。


「もう少し落ち着いて食ってくれ。」

クローディア公が苦笑いしながら言った。

「ヨウィスの給仕が追いつかん。」


「大丈夫。オカワリはいっぱいある。」


収納から、いい具合に焼けたステーキが取り出された。

皿に置かれる前に、アウデリアの口がキャッチした。


とりあえず、それを飲み込むまでは黙っていてくれそうだ、と判断してクローディア公は先を促した。


「なんのために、ヴァルゴールは異世界の肉体をもつ自分を呼び寄せたのだと思います?」


「それは」

神の意向をどう判断したものか。

クローディアは目を白黒させながら答えた。

「人の世界に降りたかったから、ですか?」

「素晴らしい!」


ウィルニアは手を叩いた。

つもりだったが両の手にナイフとフォークを握ったままだったので礼儀作法としたはかなり、不味いものとなった。

「わたしは多少の星読みはするのですが」

天体の運行から人の世の動きを測る方だが、クローディアはこれは眉唾だと思っている。

世界を構成するのは、人ばかりではない。

人の動きを万物から同じように認識できる星の動きが写してしまったらその他の種族はいったいどうすればいいのだろう。


「かのヴァルゴールを今少し、近くで観察したい。」


それは単におまえの願望だろうが、とクローディアは思ったが言葉には出さない。


「そこでご相談したいのですが、他でもない。

ミトラを訪問されませんか?」


話についていけずに、クローディアは黙って相手の顔を見返した。

古の大賢者。伝説やおとぎ話の登場人物。


「ミトラへ。」

クローディアは顎髭を撫でた。

「確かに王侯貴族は婚姻の報告へ、ミトラの大聖殿を訪問するという、半ば形骸化したルールはありますな。

外交的な面からも、西域列強と顔つなぎを、しておく必要もある。」


クローディアは、頷いた。


「そこに同行したいとのお話ですかな? ウィルニア殿。」


「話が早くて助かる。」


ウィルニアは手を叩いた。ナイフとフォークが金属音をたてた。

「ただでさえ、わたしは素性定かならぬ人物と思われているのだから。わたしがミトラへ行けばそれ自体が聖光教を刺激してしまう。

だが、他ならぬクローディア大公の従者のひとりとして訪問したならば」

「しかし、お目当ての勇者アキルはランゴバルドにいるわけで。」

「そう、そこで先の星読み」

ウィルニアはうれしそうに言った。

「ひとの行動はなかなか星辰には反映しにくいものなれど、神の動きならば。」


「アキル殿が近々、ミトラを訪れると? しかし、ミトラは聖光教の総本山。ヴァルゴールにとっては不倶戴天の敵では?」


「聖光教についてもいろいろと調べたくてね。」

というのが、このしょうもない賢者の言葉だった。

「聖光教にとっては自分以外の神さますべてが、不倶戴天の敵なんだ。そして、その神は名前を隠している。

少なくとも千年前からずっとそうなんだ。これは・・・・」

賢者は、盛大になナイフとフォークを振り回した。

「面白いだろう。」


クローディアが頭を抱えたことには、この言葉にアウデリアも頷いていた。

もっとも三枚目のステーキを咀嚼するのに忙しかった彼女は、具体的な発言はしなかったのだが。



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