昨晩はお愉しみでしたね!
「昨晩はお楽しみでしたね。」
ロウ=リンドはそんなことを言いながら、窓からご帰宅した。
どこから帰宅しようが、ここは彼女の部屋だから特に文句を言う筋合いもない。
ぼくと言えば、寝不足気味で、ちょっと機嫌が悪かったかもしれない。これについては本当にロウには申し訳なかったかと思う。
呼び出した水を空中に固定して、そこに洗濯物をいれて撹拌してやる魔法は、そんなに難しいものではない。
ただし、屋外、ならだ。室内で制御を間違えると、部屋中が水浸しになることになる。
洗濯しているのはシーツにベッドカバーだ。
そろそろ、工程は乾燥にかかっている。
「どうだった?」
興味本位できいているのだろうが、ぼくは真面目に答えてしまった。
「女の子があんなふうになるのは見たことがなかったので。」
言ってからかぶりを振った。
「いや、そういうものは覗いちゃいけないプライベートなものなんで、見ないようにしたかったんだけど、今回はぼくが当時者なんだから見るしかなかったんだよなあ。」
「ひどい答えだ。」
ロウはケラケラと笑った。
「それで、わたしのベッドを丸洗いしないといけないハメになったわけか。わたしのベッドルームは曖昧宿じゃないんだぞ。」
「いままでもさんざんけしかけていただろうが。」
よし、乾いた。これであとはプレスをすれば。
ロウは、シーツの感触を楽しむようにふわりと頬をよせた。
「あ、ここまだ。シミが残ってる。」
「どこ!」
同じところを覗き込もうと、顔をよせたぼくの唇をロウの唇がついばんだ。
冷たくはない。わざわざ体温をあげておいてくれたのだ。つまり、このキスは偶発的なものではなく、ロウにとって予定されたものであり・・・
「また、いろいろ分析しているね。」
ドロシーがしたように、ぼくの頬や目の周りをなめながら、ロウは笑った。彼女の息遣いを感じる。ということはこの一連の行動は偶然ではなく、計画されたものであり・・・
「呆れる。」
ロウは体重をかけるように、ぼくを押した。これは・・・「攻撃」ではないとわかっていたので、そのままぼくらはシーツにもつれてベッドの上に倒れ込んだ。
「最初が、吸血鬼じゃあ、可哀想だと思って、ドロシーにまかせたんだけど。」
首筋へのキスは、吸血鬼にとっては特別な意味があるのだろう。そこにキスしたり、なめたり、軽く噛んだり、しばらくぼくとリウは、ベッドの上でじゃれていた。
「・・・うまくいった?」
「ダメ。それにそういうことは、フィオリナとする。」
「なるほど。じゃあ、やっとこれで、フィオリナやドロシーと同じ立場になったわけか。感想は?」
ぼくは、ロウの首筋にキスをかえしてから、しばらくぼんやり考えていた。
「・・・少し安心したかもしれない。」
「安心?」
「そう。ぼくの準備ができてなくても女の子は、あんなふうになれるんだったら、あせって成長しなくてもいいのかなっ・・・て。」
「で、ドロシーは?」
「帰った。真夜中だったけど、送ろうかって言ったら、校門の屋台でボルテックが一杯やってるから合流するってさ。外泊は禁止なんだってさ。
恋人同士にもいろんなかたちがあるんだね。」
「自分たちを棚に上げてよく言う。」
ロウはケラケラと笑う。
ぼくを藍色の瞳で見上げた。
「ねえ、ルト。血を吸ってよ。わたしをあなたのものにしてよ。」
「ぼくは、吸血鬼じゃないんだけど。」
「それは、象徴的な意味しかないんだよ。人間が性交とよぶ行為がたぶんに繁殖以外の目的で行われるのといっしょ。
も、一回聞くね? 昨日はお楽しみでしたか?」
ぼくは、ドロシーの苦悶に似た喘ぎと、叫びを思い出しながら言った。
「わかんないな。」
「おはよう、ルト。」
フィオリナは爽やかに笑って、手をあげた。
「昨晩はお楽しみでしたか?」
おまえもかい。
ぼくはちょっと泣きそうになった。
「アキルがミトラ流を習いに、ミトラに行きたがっているんだ。
誰か付き添いをつけたいんだけど、ボルテックはどうだろうと思って。」
「それを説得するのに、いちいち愛人を寝取らなくちゃいけないのかなあ。」
「ドロシー曰くはたぶん大丈夫だったさ。これから西域をめぐる予定もあったみたいだし。」
「こんどはわたしにも、ドロシーとおんなじことまではしてくれるんだよね?」
「なので、ミトラの有力者、勇者クロノと剣聖カテリアに、フィオリナの名前で紹介状を欠いてほしいんだ。」
「ちなみにわたしの弱いところなんだけど」
「ボルテックはすぐにでもランゴバルドを立ちたい様子なんだ。今日明日中にお願いできるだろうか。」
「いますぐ立つと、ミトラで父上たちとかち合うぞ。」
「へ・・・・」
その情報はなかった。
「父上とアウデリアは、近々そろって、ミトラを訪問予定なんだ。」
アウデリアさんは・・・邪神ヴァルゴールを目の敵にしている。その彼女がいまのアキルを見たら・・・。
「言っとくけど、ルトは同行は禁止だからね。」
フィオリナはいたずらっぽく笑った。
「世の中が、わたしたちなしでも回るってことを学んでいかないとね。なんでもかんでも介入するわけにはいかないのよ。」
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