第182話 迷宮裁判
ランゴバルド中央区。通称裁きの広場。
いにしえのランゴバルドでは、実際にここで裁判があり、公開処刑も行われていた、という。
二百年ばかり前の話だった。
そこら辺の話はちゃんとわかってるヤツは意外にも『踊る道化師』にひとりもいなかった。
なぜならば!
奴らは基本、魔王宮という別世界に閉じこもっていたからだ。
なにしろ、一国の王子であって、故郷の王立学院首席卒業の、ぼくがあっさり『一般常識』を履修させられるくらいに、西域の歴史には疎かったりするのだ。
ちなみにぼく以外は、全員、再履修だった。
生半可な知識はどういうものなのだろう。
例えば、ランゴバルドの歴史を学ぶうえで、ここ“裁きの広場”で裁判が行われて、斬首や火炙りなどの残忍な刑罰も執行されていたことは、学ぶ。
だが、いまでは裁判も刑の執行も専用の機関があり、ひと目に晒されることなく、粛々と行われていて、ここが単なる市のたつ、市民の憩いの場であることは、学校では教えてくれない。
だって、わかるから。
常識で。
ギムリウスは、授業で学んだ通りの黒衣に身を包んでいる。
授業で習ったことをやってみたくてしょうがないのである。
彼女のいるところは一段、高くなっていた。
「あそこは、舞台によく使われるんだ。」
と、ドロシーが囁いた。
「お祭りのときに、あそこでマシューたちと踊ったことがあるの。まだいつつかむっつくらいのときだけど。」
そのマシューは、なにが起こったのかわからずに呆然とあたりを見回している。
そりゃあ、そうだろう。ひさしぶりに留学中の恋人とデートをしていたら、見覚えがあるけれどまったく知らない異空間に引きずり込まれて、しまったのだから。
ランゴバルドの「裁きの広場」によく似ている。
だが、屋台や近くの官庁街に行き来するひとで賑わうそことは違って、彼ら以外にひとは見当たらない。
よくぞ、パニックを起こさないかと、ぼくはちょっとマシューを見直したが、なんのことはない。ギムリウスやリウやアモン、ロウ、アキル、彼にとってはクラスメイトであり、この連中が参加している上、なにがあってもおかしくはない、とそう思っているのだろう。
とはいえ、ここに来る予定は今日はなかった。
ドロシーとマシューのデートに便乗して、ランゴバルド見物を所望されたフィオリナ姫が、「裁きの広場」まで来たときに「なんか面白そうなことをやってる」と、転移させられたドロシーについてきたのが、こっち側、つまりリウたちが作り上げた「迷宮」ランゴバルドだったのだ。
ランゴバルトをそっくり模しており、それが存在し続けることに、本物のランゴバルドからの情報を投影させることで、魔力の消費量もぐっと抑えることができるという「画期的な新構造を取り入れた次世代迷宮」と、先般、賢者ウィルニアが自画自賛していた。
通常の迷宮とことなる点は、ランゴバルドと重なり合った複数の入り口からの侵入が可能なことであり、迷宮主たるリウたちは、実質ランゴバルドのどこからでも「迷宮」ランゴバルドに来ることができる。
さて、1段高いところに構えたギムリウスは裁判長のつもりなのだろう。
「これより、ドロシー・ハートの誘拐および傷害にて、起訴された使徒ゴウグレとその被創造物である二体のユニークについて、罪状を言い渡す・・・」
ちょっと、ちょっと、と傍らのロウがギムリウスに耳打ちした。秘書官かなにかのてい、らしい。
弁護人がどうの、とか反対尋問がどうの、言ってるところをまだ、ロウのほうが分かっているらしい。
ただ、ロウが覚えているのがいつの時代の裁判制度なのかはわからなかった。
「うん、わかった。
じゃあ、弁護人ルト! 告訴人に反対尋問をしてください。」
巻き込むなよ!
そう思いながら、ぼくはしかたなく立ち上がった。
アモンが、手を挙げた。
ギムリウスも真似して手をあげた。
「違う! あれはなにか発言をしたいっていうジェスチャーだ!」
ロウがささやいた。
「も、もちろんわかっているのです!
アモン、なにかを発言してください。」
アモンも人間の文化にはなかなか詳しい。竜族は欲望について人間に似たところがあるらしい。そして、人間をまったく「脅威」と見なさなかったことで、割合に人間のもつ文化に精通したところがあるのだ。
ただし、アモンもどの時代の人間文化だかはわからない。
「裁判長!
その少年は先般、攫われたドロシーの救出に、師であるジウル・ボルテックとともに向かい、そこで犯人たちと戦い、負傷しております。いわば事件の当事者であり、弁護人には相応しくないと考えます。」
キムリウスは傍らのロウを見やって、そうなの?と尋ねた。
ロウは、苦笑した。
まあ、被害者の身内はあんまり弁護人には出てこないかなあ、とロウが答えると、安心したように
「ええっと、ジウルはドロシーの師匠で、マシューはドロシーの恋人、ルトはなんでもないから弁護人をやっていいことにします。」
フィオリナが腹を抱えた笑ってる。
まあ、痛い思いをして助け出した相手の「なんでもない」と言われってしまったのだから、でもそこまでウケるとこかなあ。
そもそも、ギムリウスは被疑者の創造主なのでそれを言ったら、お前も裁判長の資格はないんだぞ!
そう言ってやろうかと思ったが、授業で習った知識を嬉々として披露しているギムリウスをがっかりさせるのはシノビなかった。
それに、あの変異種蜘蛛のメイドの一体は、ぼくが制御下においていた。
捕まった四体は、別に縄もかけられていなければ、なんの封印もされていない。
抵抗するなら出来るのだか、無駄だ、と。そう、悟っているのだろう。
「あーー、被告人は、その、あの。
なにか言いたいことが、あったら言ってください。」
「わ、わたしたちは嵌められたんです!」
ぼくが制御しているほう、ビュンデがそう言った。
「もともと、わたしたちは平和にドロシー嬢を話し合いの席にお招きする予定でした。
それを、いきなり攻撃魔法をはなってきたのは、ドロシーですっ!」
そうなの?ときくと、ドロシーは、うっと、呻いて、そうかも、と言った。
「わたしたちは、しかたなくドロシーさんを無力化し、さらにかのじょが自傷しないように、制御蜘蛛を使ってある程度、身体の自由を奪いました。」
なるほど。
ボルテック。あんた戦いの高揚感を性的な快感に結びつけるとか言ってな。
完全に弊害ありまくりじゃないか?
「しかし、ドロシーにへんな格好させたり、卑猥な発言、さらにぼくを刺させたよね?」
「私の、蜘蛛は対象の意識を奪って自由にコントロールするものではありません。
化学物質と糸により、主にその欲望を刺激して自主的に行動させます。
つまり、ドロシー嬢が卑猥と受け取られる発言があったのは、もともと彼女がそういう欲望を抱いていたからであり、ルトさまを刺したのは、もともとルトさまに屈折した思いがあって、それが刺すという行動に昇華したのだと考えます。
格好がへんだというのも、ドロシー嬢の損傷した服のかわりを用意しただけです。
必ずしもランゴバルドの、若い女性のファッションセンスには合わなかったかも知れまれんがそこは容赦いただきたい。」
ビュンデ!すごいじゃないか!
いつの間にそこまで知性を、進化させたんだ!?
「いかがでしょうか、裁判長。
ドロシーさんとの戦闘は、ドロシーさんから仕掛けたいわば不可抗力によるものであり、その後の経過も互いの誤解から生じたもの。
拉致、監禁、傷害には当たらないかと思います。
ええっとほかのみんなは・・・」
一行のなかに見慣れぬ人影があった。
まだ、10代にはいったばかりの少年だ。目だけが、瞳が複数あることを除けば、まるで天使のような少年だった。
少年は涙をながし、歯をかみならし、爪を石畳にこすりつけて音を出した。
それは、蜘蛛の言語だ。
意味は。
「なぜです!なぜボクをこんな醜い姿に作ったのですか!ギムリウスさま!」
あ?
きみって。
ゴウグレ?
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