第163話 六人目を目指すものたち

エミリアはリウに棒を、新調してもらっていた。

長年使い慣れ親しんだ棒は、対戦相手の血で幾度と濡れ、じっくりと塗り込んだ油は武器にしなやかさを与えて、いた。


それを食いちぎるものがいるとは!


エミリアは相手の非常識さに思い出しても、怒りがこみ上げる

クローディア公国姫であるフィオリナ。


リウの調達した棒は、以前使っていたものと重さも長さもバランスも全く変わっていないようにエミリアには思えた。


ただ材質がわからない。木のようでもありしかし木目がなく適度なしなやかさもあって折れやすいということは、なさそうだ。


対するフィオリナは相変わらず無手である。


本来は剣士とのことなのだが長年愛用してきた剣を失ってこの方、気にいるものが見つからないらしい。



ということはもともと剣士を相手には受けて戦ったわけだ。

まだまだ実力は底が知れないと思ってはいたが本当の本気ですらなかったわけか。

だがそれでいい。

それだけの力の差があってこそ、心の底から全身全霊でぶつけることが可能になる。


リウからきいた話ではもともと「踊る道化師」はルトが、フィオリナのために作ったパーティーだということだ

ならば六人めの道化師は本来フィオリナで決定しているはず。

そこに首を突っ込むことは、リウに仕える身としては、あってはならないこと。


しかし、エミリアこの勝ち目の戦いに身を投じる。


そのこと彼女にとっての生きがいとなっているのに気が付き、自分を見つめ直すエミリアであった。


ヒルル。


棒は独特な気道を描いて旋回する。


その音を聞いたものは、体調を崩し試合どころではなくなる。さすがにそれだけじゃ相手を倒せるわけではない。だが、黒竜ラウレスにだって、通じたんだ。

ちくしょう。この子は、ラウレスよりも頑丈なのか。


フィオリナは、わずかに顔をしかめて両手で頬をたたいた。


「いろいろと面白技を使う。」

異国の姫君は、それで耐えた。


「この前のカウンター技もよかった。もっとおまえを出してみろ。わたしがおまえを殺すには惜しい、と思えるほどに、な。」






夏ノ目秋流には、悩みが出来た。

この世界は楽しい。

少なくとも楽しそうだ。


ヴァルゴール。あのどこかいい加減な神さまが言ったほど、安全な世界ではない。

でも、知れば知るほど、もっとこの世界のことを知りたくなる。

必ずしも冒険、ではなくたっていい。

ルトたちと食べた屋台のお蕎麦が美味しい。

ロウさんとは、誰もみてないところでキスをしてもらった。

お面を被った蜘蛛のお化けは、結局、試験を受けてもらったら、「一般常識」で落ちた。

今、ネイア先生が、つききりで一般常識の指導をしている。

受かったら、「教師」として採用しようと、ルトくんはルールス先生に言っていた。

面白い。

本当にここは面白い。

もっともっとこの世界を知りたい。

出来ればルトくんたちと一緒に。



窓から覗くヴァルゴールの言葉は、夏ノ目秋流自身の言葉とハモるようだった。

フィオリナさんは、ルトくんとデートでいない。

しばらくするとぼろぼろになって、帰ってくるのだが、どうも変なプレイというより、素直に模擬戦ばっかりやってるらしいのだ。

ロウさんの話だと、ドロシーさんとは、けっこうディープにキスしあったりしてたそうなのに。

フィオリナさんも、学校の先輩のミュラさんといい仲になってたらしいのに。

変な人たちだ。

“まったくそう思う。”

邪神ヴァルゴール。

この人、あ、人じゃなくて神さまか。この神さまとはわたしは気が合う、のかも知れない。


ルトくんたちと一緒にいたい。

それがもし、あのチームの六人目に入ることなら。

それが異世界人のわたしに可能なことなら。

“だいじょぶ! わたしも応援するしっ!”

いやあ、邪神が? ねえ。





「別段、筋肉で全身を固めろってわけじゃない。」

ジウルは、そう言うのだが本人は、筋肉の鎧で全身を固めている。

明らかに鍛錬不足のマシューや、中性的な子供っぽさを骨格に残しているルト、とは違う。


「ただ魔力を通すときに、自分でその部分の筋肉を意識してやる方が、効率がいい。」


ジウルは、最初、上腕二頭筋が大胸筋が、と言葉で説明をはじめたが、解剖学など習ったことのないドロシーには無理だとわかると、諦めて、上着を脱いで、自分の体をモデルに筋肉のつき方、動きの説明をはじめた。

「ここを動かす。それを意識して、踏み込みと同時に打つ。踏み込む時は、直線ではなく、僅かに体をひねるように。」


幼い頃から魔術の訓練を受けてきたドロシーも、それを体術の動きの流れに乗せることは、初めてだ。

ロウの拳法指導も、時間の制約の中であり、体造りや細かな体重移動はやっていない。

それを補うための魔法の併用であり、防御の不完全さをギムリウスの糸のスーツがカバーした。


ドロシーの体のそこここにジウルの手が触れる。

喉から胸へ。腰へ。臀部へ。

筋肉の線維をなぞるように、指が動く。

それは、あくまで指導の一環であった。

ジウルもまた、個人的な食事や酒の席に彼女を同席させることは、ない。


だが、一日の訓練が終わり、床にはいるときに、ドロシーは自分を慰めるのが日課となっていた。与えられた魔道院の寮は個室であったが、ドロシーはその行為のときの自分の声がかなり大きいことに気がついた。

隣の部屋に聞こえるのではないかと、声を押し殺しながらの行為は、二時間近くに及ぶこともあり、想像上のその相手は、ジウルであったり、ルトであったり、した。

マシューは妄想の中にすら出てこない。

ルトから、ルールス先生からの差し入れと、渡された紙袋の中身は避妊具で、ドロシーは赤面した。

グランダでは成人は16だ。


体術の訓練は楽しい。ジウルの指導は厳しいのだろうが、それでも日々の成長がわかる。ロウやギムリウスのようなトンデモない無茶な要求もない。

これならひょっとして。

わたしも彼らの一員としてともに、冒険に出ることも出来るのではないか。

そんな希望に胸を躍らせつつ。


この留学の期間に、自分がジウルに。

それは意図して誘っても誘われてのものでもない。

ほとんどボタンを掛け違える程度のきっかけがあれば、ジウルとの初めての行為が成立してしまう。

そしてそうなってしまえば、それは一度でも終わるはずがない。

そんなこともドロシーは確信していた。

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