第161話 消滅せよ 神竜の息吹

邪神ヴァルゴールの使徒、ドゥバイユは、少なくとも二人の使徒、ゴウグレとアレクハイドには十分、敬意を持って接したつもりだった。

彼女自身は、ヴァルゴールの12使徒ではない。その栄誉は、彼女たちのリーダー、クリュークのものだった。

彼女の属するクラン「蝕乱天使」がヴァルゴールと関係を持っていることを知っているものは一握りだった。

そしてその中で、他の12使徒と渡り合える能力を持つものは、ドゥバイユただ一人だった。


クリュークならば、どのように判断しただろう。

案外、贄場などあっさり放棄したかもしれない。

彼の構想に、おそらく北のグランダに拠点を移す意向もあったことは、聞いていた。

ならば、ここで、ランゴバルドの「ナワバリ」をめぐって、他の使徒と一戦を交えること自体が、クリュークの意向から外れるやもしれぬ。

だから、ドゥバイユが、今回、二人の使徒の挑戦を受けたのには、理由がある。

単純な話で、勝てない戦いはするべきではないが、彼女は自身の能力と地の利を考慮に入れ、充分に勝てる、とそう踏んだのだ。


ヴァルゴールの12使徒は、別に12人と決まっているわけではない。

クリュークさまが療養している間に、12使徒が10使徒になっていたとしてもそれがなんの問題があろうか。


二人を見送ったあと、ドィバイユは、もう一度店内に戻った。


「素晴らしい料理、素晴らしい店だな。」

「ありがとうございます。」


先に席を案内してくれた若者は、丁寧に頭を下げた。


「マスターに一言、礼を述べたい。いるかな?」

「メイリュウでございますか? 鉄板焼きのコーナーにいるかと思いますが・・・」

「それはいい! 評判の料理だな。今度は予約をしたい。ぜひ、コックともども一度あいさつをさせてもらいたい。」


ちょうど、予約の最後の客がはけたところだった。

別に断る理由もなくリンクスは、ドィバイユを中に案内した。


ドィバイユの唇は、食事の余韻を楽しむように笑みを形作っていたが、心の中でも別の意味で笑みを浮かべていた。


「ここ」が、冒険者学校のOBによる店だということは把握している。

そして、マスターであるメイリュウは、まだ学籍上は、冒険者学校に所属していることも。


すなわち。

その命を奪えば、ゴウグレとアレクハイドに先んじることができることを。




メイリュウは、相変わらずといえば相変わらず、である。

接客を旨とする職業にしては、いささか仏頂面が過ぎるのだが、冒険者学校時代からのツレに言わせると、無理に笑おうとすると媚が全面に出て、かえって印象がよくない、と言われた。

メイリュウにしては心外なのだが、とにかくそんなこともあって、無理に笑うのは諦めた。

結果としてクールな印象が高まり、人気の一因となっている。


鍛錬は続けている。

あの化け物じみた連中。

(というか、完全に化け物なのだが)

もちろんそこに至る道は、遥かに遠い。だが、自分はまだ強くなれる。まだ歩み続けることはできる。


リンクスなどは、ほどほどにしろと注意する。鍛えすぎるとせっかくの胸が、その。

そう言って赤くなっていたが、正直、興味がない。


今日も鉄板焼きのパフォーマンスは好評だった。

広い会場を借りて、いっきに百名以上を相手にパフォーマンスを披露できないものだろうか。


客単価をあげるよりもそのほうが、話題になる。

アキルがいれば「宣伝」という言葉を使ったかもしれない。


リンクスが入ってきた。

たしかさっきまで奥で飲んでいた客だ。顔は知っている。

「燭乱天使」のドゥバイヨだ。

銀級の冒険者だ。羽振りもいい。


「メイリュウ、ドゥバイヨさんが鉄板焼きを気に入ったくださったらしい。今度はぜひ、席でパフォーマンスを見たいそうだ。」

「そ、それは、ありがとう、ございます。」


ドゥバイヨは美人だ。

かわいらしいし・・・なによりむにぇがある・・・メイリュウは、どうも自分より胸のある女性が苦手になった。

もちろん、アモンさまは例外だ。あのかたは完璧。


「いや、悪名高い『神竜の息吹』がいい店になったのものだな。」


「おそれいります。」


無難な答えを返したが、なにを言うか。

悪名高いのは、少なくとも「燭乱天使」が上だろう。

確かに後ろ暗い仕事も多くしていた「神竜の息吹」だが、それは、実は聖光教会の密命をうけたものが多い。

つまり、ある種の外交上のかけひきの延長上にあるもので、兵出しての戦を悪と断じることができぬように、単純に犯罪行為と非難されるべきものでもないのだ。

ひるがえって、「燭乱天使」はどうか。

依頼主への裏切り、対抗する立場にたった他の冒険者への攻撃、さらにこれは噂でしかなかったが、その中核メンバーたちは邪神ヴァルゴールを奉じているという。


「以前の幹部どもはどうしている?」


「さあ? 二度とこちらにかかわらぬことを約束したうえで、手切れ金を渡して、追い出しましたのであとは野となれ山となれ。」


「ずいぶんと思い切ったものだ。裏で、冒険者学校が手を引いていたというのは事実なのか?」


「ドゥバイヨさま。」

リンクスが取り直すように言った。

「昔のことは昔のこと。いまの『神竜の息吹』とはまったく別物です。

ドゥバイヨさまもお連れさまもそれをおわかりになったうえで、料理を楽しんでいただいたのではないですか?」


「わたしは・・・な。」

ドゥバイヨは薄く笑った。

「だが、そう思わないものもいる、ということだ。」


あえて、ここで。このタイミングで仕掛けることをドゥバイヨが選択したのはこのためだ。


たとえ、銀級冒険者であっても、『燭乱天使』の後ろ盾があっても街中で無辜の市民を雑害すれば咎はうける。

ただし、「依頼」として、「神竜の息吹」へのなんらかの仕返しを受けたならば話は別だ。


「神竜の息吹」は登録としては冒険者ギルド。しかも数々の悪行で恨みをかっていた。

そして、「燭乱天使」も。


そのふたつがぶつかったところで治安組織は動かない。

勝手につぶしあえ、くらいに思うだろう。

まして、この戦いで命を落とすのは、メイリュウひとり。

そして、メイリュウは、まだ籍を冒険者学校においている。


冒険者学校の生徒は・・・法の保護の対象外だ。


リンクスと、同席していた若い料理人の顔に緊張がはしるが、もう遅い。

ドゥバイヨの入れ墨が、輝きそれは、ムチのようにしなる朱色の刃物となって、ドゥバイヨの手におさまっていた。

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