第160話 身内の方が怪物

ネイア先生が、ぼくを呼びに来るのは昼夜問わず、なのだがこの日はお昼ご飯の最中だった。

一緒にいたのは、フィオリナとアキルだった。


お昼はこの日、じゃばじゃばした汁もので、初めて食べる穀物に、野菜やハムの具沢山のスープをかけたもので、栄養はいいんだろうけど、あまり美味しくはなかった。

このところ、ほとんどフィオリナと一緒で、これは考えてみればかなり、異常で、かのグランダの王立学院のころは、フィオリナはフィオリナの取り巻きが常にいたので、一緒にいられるのは、放課後のひとときか、「不死鳥の冠」がほとんどだったのだ。


それでも全く会えない期間が数日以上にわたることはなく、 婚約破棄騒動以来の空白を埋めるように、留学のあいだは、ぼくにべったりすることに決めたようだった。


アキルはアキルで、初対面の状態がアレだったためか、よく同性の友人かみせるフィオリナへの憧れとか羨望は皆無だった。

だって、残念仮面のなかのひとですよね!

は、アキルのセリフである。


さて、ネイア先生だ。


さすがにお昼の学食とあって、普通に歩いて登場した彼女だったが、青い顔をして、ぼくに

「ルールス先生が怪物に」

とだけ、言って押し黙った。


「襲われてるの?」


「そっちの方向です。」


「なんだか。煮え切らんな。」

フィオリナが口をはさんだ。トラブルは必ずしも、飯のタネにはならないが、飯のおかずにはなる、そう豪語しているトラブル好きである。


「手を貸してください。」

「あぶないのか?」」

「あぶないもなにも、」


ネイア先生は、少し屈んで、ぼくの耳元で囁くように言った。


「このままでは、ルールス先生が・・・・


買収!


されてしまいます!」


・・・まったくわからなかった。

怪物に買収されかかっている?




でもネイア先生の真剣な顔に、食事を中断して駆けつけると、確かにそうとしか受け取れない光景が広がっている。


そこにいたのは、怪物、だった。

全体のフォルムは、蜘蛛に似ている。

肌の色は白に近く、そこに茶色のあざのようなものが、そこかしこに浮かんでいる。

大きさは、小柄な人間くらいはあった。

そして・・・・何を考えているのか、人間の顔を模したお面を被っていた。

ちょうど、その生き物複眼の間、顎の上のあたりに、美しい女性を模したお面をつけていたのだ。


その面が、流暢にしゃべっているところだった。


「・・・いや、何も難しいことはないでしょう。

まして、これだけの対価を用意したのだし。ランゴバルド冒険者学校やルールス分校に、得はあっても何一つ損はないはずです。」


「しかし・・・蜘蛛がお面を被ったから、亜人と認めろ、と言うのも・・・」


「いや、ルールス先生!

わたしくもさまざまな文献、実際の資料に当たりましたが、亜人の定義としては、『知性を持つこと』『人間と大差ない体躯を持つこと』この二点のみです。

これ以外のさまざまな、条件。例えば『人間に呼吸できない大気の中でしか生存できない』『人間に対して害のある物質又は精神波動を放出する』『人間を捕食する習慣がある』などは、ケースバイケース、さまざまな付属条件を加味した上で判断されてきました。」


ルールス先生の顔色はよくない。

ウィルニアに、光る「真実の目」の使い方を伝授されて、度の強い眼鏡をやめて、水色の美しい瞳のルールス先生は、けっこう童顔である。

前のデスクに白金貨と貴重な素材が山と積まれていた。


「これはこれは。」

蜘蛛の方から、ぼくたちに気がつくと、ギチギチと顎を鳴らしながらおじぎをした。

額の部分の仮面は如才ない笑みを浮かべながら、にこやかに語りかける。

「ルトさまにフィオリナさま・・・・ですな。

うちのギムリウスが大変お世話になっております。

わたくしは、ギムリウス配下の『ユニーク』個体、ヤホウと申します。」


「ギムリウスの『知恵袋」ヤホウどのか。」

ぼくがそう答えると、蜘蛛はいっそう顎をぎちぎちと鳴らした。仮面のうかべた表情と比較すると、たぶん喜んでる時の行動のようだが、やめてほしい。


・・・怖いから。


「何かルールス先生を困らせているの?」

とフィオリナが尋ねると、白いまだら蜘蛛は、かぶりを振った。



「とんでもありません。わたしはただ、このルールス分校にわたしも入校したい旨をお願いしてるだけなのですが。」


「あんた、蜘蛛の魔物だろ・・・・?」


「いえ、亜人です!」

キッパリと、爽やかに、清々しく、お面をつけた蜘蛛は言い放った。

「そもそも亜人の定義というのは、古今東西の文献を資料いずれを見ましても・・・・」


「わかった、わかった。そこら辺からは聞いている。」


「だいたい、ギムリウスさまが在籍できていて、わたしが入校できないはずがありません。」

「ギムリウスのあれは、ヒトガタの義体だからなあ・・・」

「ほらほら」

ヤホウは、脚の先で自分のお面を叩いた。

「理屈は、これと同じです。あれはただのコミュニケーションツール。

本体は、お二人もご存じの通り。」


「なぜ、冒険者学校に入りたいんだ?」

フィオリナが最もな質問をした。

「冒険者は、おまえらを退治する方の立場だぞ。」


「ギムリウスさまが心配だからに決まっているではありませんか。」

ヤホウは真面目に答えた。

「あの方は、人間社会に対する常識が欠落し過ぎています。

このまま、無事に卒業できるのか、わたしは心配なのです。」


常識。

常識ねえ・・・・。


蜘蛛の体にそのまま、人間のお面を被って自分が「亜人」だと言い張るヤホウを、ぼくは見つめた。

蜘蛛軍団の参謀、知恵袋としてのヤホウの名は聞いている。


「どうしたものだろう。」

ルールス先生の顔は困りきっていた。


「判断基準は、こちらに害を与える意志があるが、実際に害を与えることがあるか、だと思いますね。」

「ほらっ!」

ヤホウがうれしそうに笑った。

「わたしは十分、その条件を満たしています。」


「いや、害を与える意思がないのはわかったけど、実際に害はなあ・・・」

「なんと!」

心外だ!という顔を、額のお面が浮かべた。

「それはいったいどういう・・・」


「周りが怖がる。」


気まずい沈黙が、ルールス分校長室を包んだ。

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