第127話 ロゼルの意地

エミリアは、銀のボディスーツに身をつつんだ左側を相手にむけるように、半身に構えた。

棒は、長く伸ばし、相手の視線をさえぎるように。

これで、エミリアの右半身は、相手から見てかなり「遠く」に感じられるはずだ。


リアは、胸を押し上げるように身に付けた胴衣。肩当て。すらりと伸びた足に膝当てのみでほぼ生足のまま。靴ははかずに素足で闘技場の砂をしっかりと踏み据えていた。

エミリアの出方次第で、どうにでも動けるように。

武器らしいものは携えず、首からは護符が揺れていた。おそらく光魔法の強化のためのものだろう。


“強い。”

エミリアは思う。

“こいつは強い。でもわたしのほうが『経験』は上だ!”


エミリアの『経験』は、主に盗賊団「ロゼル一族」の一員としてのものだ。

戦いは向かい合って正々堂々とはじめるものではない。不意打ち、闇討ち。必ずしも相手を絶命させるものではないが、一撃で意識を刈り取る。


詠唱なしの電撃魔法。


それ自体はたいした威力はない。一瞬の痛み。身体の硬直。それ以上のものはもとめない。

だが、それで十分。

エミリアは棒を突き出した。穂先はないが槍の威力。彼女の腕前ならば、レンガを砕き、鎧を穿つ。


だが。リアは黙って電撃を受けた。それが炎だろうと氷の矢だろうと一緒だった。

このタイミングで出してくる無詠唱の魔法には、大きなダメージはない。

ならば耐えてしまえばいい。来るのがわかっていれば耐えられる。そして。


返しは、同時に数十本出現した光の矢。それも無詠唱。


客席がどよめく。

魔法について熟知した魔法学校の教師陣も多くいる。

リアが行ったことが、奇跡に近い高等技術であることは瞬時に理解したのだ。


まさか。

我々は当代最高の光魔術の使い手を目の当たりにしているのか?


グランダの魔道院とはこれほどのものなのか?


・・・・実は、リアは魔道院の学生ではなく、王立学院から研修にきている身にすぎない。そう、ウィルニアは言ったが実際に世間に評判として伝わる際にはそんなことは無視される。

そこまで計算しての『賢者』ウィルニアだ、とルトはつぶやいた。


エミリアは、光の矢を前にすばやく棒をひき、防御の大勢にもどる。

銀のボディスーツを相手にむけての半身の姿勢、襲い来る光の矢を棒ではじく、かわす、受け流す。

何本かの光の矢は、それでも脇腹に、肩に命中し、鮮血がふきあがる。


もともと光の矢は、たとえばフィオリナが使う光の剣の下位バージョンだ。

とはいえ、かつてリアは、光の矢でギムリウス配下の蜘蛛の魔物を一撃で葬っている。

それが、この程度のダメージに減殺されているということは。

エミリアが身体に魔力を循環されることで肉体を強化しているのだろう。

それと、やはり。


“あの銀のスーツか?”


リアは、両手をついて獣のように闘技場を移動する。移動しながらも次々と、光の矢を射出する。

エミリアはそれに対し、常に半身に構えながら棒で、矢を防ぎ続ける。ぜったいに銀のボディスーツに包まれていない右半身をさらそうとはしない。


リアは、舌打ちした。

光の矢はほぼ連続して射出しつづけていたのだが、その撃ち終わりのタイミングを狙って、エミリアが火球をとばしてきたのだ。

もちろん、リアはらくらくとかわしたが、自分の攻撃が読まれていることは愉快ではなかった。しかも。


“傷が”


先程の光の矢の同時攻撃で、弾け飛んだ肩と脇腹の出血がとまり、肉が盛り上がり始めている。

まるで、ある種のアンデッドか獣人なみの回復力があるのだ。

自動で発動する回復術式だろうか。いずれもいまのリアにはない能力だ。


だが、ルトたちとともに行くことを望むならば、そこにたどり着かねばならない。いつかは。


“いや、いつかではない。”

リアは唇を噛んだ。

“『今』だ。”


生半可なダメージでは回復されてしまう。

銀のスーツに守られた左半身ではなく、右半身にダメージを喰らわせる。

「光の爪」で、だ。


喉か、胸か。

人間ならば一撃で致命傷になる部分をぞんぶんに抉る。


即死でなければ、医療班がなんとかするだろう。


行く!


獣の顔で、リアは疾走る。

ジグザクに走りながら、光の矢の複数連射!

わざと足元に打ち込んで、土煙をあげて目眩ましをかける。


“いつでもおまえに接近はできた。”


エミリアの動きがゆっくりに見える。


“だが、やたらに殺しはしたくない。ルトはそういうのは嫌うからね”


エミリアが棒を頭上で旋回させた。

喉は遠い。胸か。


白い。なんの変哲もないボディスーツ。まだ未成熟な薄い胸を。

リアの手はすでに「光の爪」を実装していた。


ギギッ!!


まるで付与魔法で強化された強靭な鎖帷子のうえから、引っ掻いたような感触。

エミリアの肉体までは、リアの爪は届かない。


「乱」


エミリアの声が、きこえた。

リアはいきなり身体が軽くなるのを感じた。いや、飛ばされたのだ。足は空を切り、足場になるところを失ったまま、リアは中に浮かされていた。


「斬」


無数の風の刃が、リアの身体を切り裂いた。

全身から鮮血を拭き上げて。


リアの身体が崩れ落ちた。


「き、さ、ま・・・・」


「ギムリウスの糸のスーツはこっちの白い方。」

エミリアは年を経た魔女のように笑った。

「銀色に惑わされたな。若いな、まだ。」


「き・・・・」


急激な出血に、リアの視界が暗くなる。

手足の爪の輝きが急速に薄れ、意識を失った身体は、もう動かない。


エミリアは、リアの首にかかった笛を手に取り。


三度吹いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る