第116話 選手入場! 冒険者学校の場合
ドロシーは思う。
自分は今、罰を受けている。
細い身体にまとうのは、ギムリウスのスーツ。しかも胸と腰回りの一部に銀色を残しただけの透明バージョンだ。
このかっこうでわたしはこれから、みんなの前にさらされる。
わたしの貧相な身体をみて、みんなは嘲笑うだろう。
なにをしに出てきたのか・・・と。
対戦相手は、歴戦の拳法家と聞いた。
なんでも・・・アモンと戦えると思ってこの対抗戦に応募したらしい。それが。
いきなり、相手がやせっぽちの小娘ときいて・・・怒り狂った。そう聞いている。
ああ、これは罰なんだろう。
マシュー坊っちゃんはわたしがいないとダメなひと。
マシューの求めるままにわたしは。
でもわたしはルトがいないとダメなひとだった。
二人でいるとそれを痛いほど思い知る。
あのひとの視線が、かける言葉のひとつひとつが。わたしには宝物だった。
だから、マシューと同じことをわたしにして欲しかった。
・・・それは間違ったことなのだけれど。
だからわたしはこれから罰をうける。
たくさんのひとたちの前で、貧弱な身体をさらし、つたない技で相手をいっそう怒らせて。たぶんボロボロにされるんだろう。
きっと・・・痛いんだろうな。いままでの何倍も。痛くて、怖いんだろうな。でもでも。
命だけはとられたくない。またわたしはルトに会いたい。あのひとの体温をわたしの肌で感じたい。
だから・・・
さああああああっっ
選手入場だぜっええええええぇっ!!
闘技場のグラウンドをカクテル光線が照らす。
北方諸国はもちろん、西域からも。有名校の関係者が最前列に席をならべる。
集まったのは、学校関係者だけではない。
さすがに王室関連はいないものの、このイベントに間に合うよう、故国を出発できた貴族たち、大商人、ギルド関係者。あまりの数に、グランダの有力者たちの席がなくなり、一時ヤミで入場券は高く値段で販売されていた。
きいておどろけええ!
幾多の英雄を生み出したランゴバルドの冒険者学校!
その精鋭どもが、なぐりこみだあああっ。
まずはこのひと!
冒険者学校の前学長! ルールス・ヴァエランド・ローゼバック!
生ける伝説が! グランダにやってきたああああっ!
ライトが小柄な女性の姿を照らし出す。
分厚い眼鏡に覆われた顔は、表情がわからぬ。
ふわりと膨らんだドレスは、どこかの貴族の令嬢を思わせた。
表情がわからぬまま・・・・ルールスは、膝をおり、群衆に丁寧に挨拶をした。
だまされないぞ!ルールス・ヴァエランド・ローゼバック!
その可憐な姿に油断した相手は、次の瞬間、躯となる! ランゴバルドを代表する魔導師ルールス・ヴァエランド・ローゼバック!
冒険者学校の精鋭をひきいて、自らグランダに降臨だあああっ!
「・・・・まさか、観客席で対抗戦をみることになるとは!」
「右に同じ。」
「冷たいものはどうかなあ。サンドイッチはもう少ししてからでいいよね、マイハニー?」
ぼくは、結局、対抗戦開幕の日を観客席でむかえることになった。
到着、翌日。つまり対抗戦の前々日にグランダにはいったぼくは、いたるところに掲げられた「対抗戦」のポスターやらのぼりの数に辟易することになった。
・・・アップルパイを食べにはいったカフェのコースターにまで、印刷がされていた。
つまり、これは、国をあげての一大イベントとして開催されているのであり。
もはや、対抗戦はおろか魔道院すらどうでもいい。町おこし、国おこしの一環として開催されているのだ。
で、早々と(ヤミの)第一戦を消化してしまったぼくとフィオリナには出場権はなく。
なんとか、コネを、主にエルマート陛下に対する脅迫を中心としたコネを使いまくって、こうして観客席のチケットを手に入れたのだ。
三枚。
ぼくのとなりにはフィオリナがいる。
で、反対側にはなぜかミュラが座っている。
飲み物や会話は、ぼくの前を素通りしてフィオリナに向かう。
・・・学生時代によくあった風景なのだが、違う点は、いま、フィオリナとミュラがはっきりとそういう関係であることだ。
話しにくいったらありゃしない。
しかたなしにぼくは、選手の紹介に集中することにした。
今日は、選手の紹介。ならびに第一試合のみで終了。
残りの試合日程は、選手紹介後に発表されるらしいが、一日のイベントのつもりできた各国のえらいさんたちは予定がくるって大慌てらしい。
さあ、そのルールス前学長の懐刀。無敵の用心棒の登場だ!
その名は、ネイア=サラドミル!
この半年だけで、6回の暗殺からルールス前学長を守ったその実力はお墨付き!
ランゴバルドの銀級冒険者!
褐色の女豹は、その短剣で此度、誰ののどをかききるか!
ネイア先生・・・・こういうのは苦手なのかと思ったら、くるりととんぼをきって、両手に短剣を構えてみせた。
さらに、舌で刀身をなめあげる・・・という演出まで。
お見事!
テイマーはうれしいぞ。
経歴不明、正体不明!
ついでに年齢も不明だ。
謎に満ちた神官戦士、こいつがエミリアだ。
棒術に魔術。古竜をも圧倒したその技の冴えを魅せてくれ!
年齢不明に、エミリアはふくれっ面をしていたが、棒を取り出し、くるりと一回転。
回転に合わせて、炎の輪が彼女のまわりを取り囲む。
おおっ!ついにこいつがやってきちまったぜ!
闇の盗賊団『紅玉の瞳』から、最高の殺し屋がやって来た。
わたしに逆らうものは、すべて一滴の血も残さぬ死体となって転がる定め!
不死身のリンドとは誰が名付けたのか!
西域最高の殺し屋!ロウ=リンドだあああっ!
トレンチにサングラス。口元を隠すストールもミステリアスなロウは、無言で会場をぐるり、と見渡す。
熱気につつまれた会場がみるみる静かになる。
やばい、こいつはやばいやつが来た。それが観客席にまで本能的にわかるのだ。
お、恐ろしい。まるで、吸血鬼にでも睨まれたみたいだぜ。
なんと!
こ、これは反則なんじゃないですかああっ!
ここにきて、異世界人の登場だ!
その正体は、勇者か邪神か!
異世界人アキル=ナツノメ! おまえは世界を救うのか!それとも滅ぼすのかあっ!
アキルが、ロウの肩をつかんで盛んになにか言っている。
口の動きでだいたい内容はわかった。
ち、ちょとお、どうなってるんですか? 対抗戦にでるなんてわたしきいてないんですけどもぉ!
ごめん!アキル!
さあ、みんな!こいつを覚えてないか?
そう、街を焼き払うと宣言して敗北したあの黒竜ラウレスが、復讐の炎にもえて帰ってきたああ!
今度は人化スタイルで登場だ。
今回は「竜殺」ゴルバはいない!
ああ、これはグランダ最期の日なのか! いったいこの街はどうなっちまうんだあ!
ラウレスは、おどおどと、まわりに頭をさげる。
この反応に観衆からブーイングがとんでいよいよラウレスは小さくなった。
かわいそうなラウレス。
さて、最期に登場するのは、若干、17歳にして、魔法と格闘技をミックスした独自の拳を駆使する戦士!
こいつはあなどれないぜ!
おっと、キュートなヒップにばかり注目していると顎を蹴り砕かれるから用心な!
ドロシー=ハートの入場だ!
ドロシーはまったくの無表情だった。
諦めたような。疲れたような。
ギムリウスのスーツは、まえに見たものより若干だが、透明な部分は減っているものの、それでもほとんど裸に近い。
ほっそりした身体は、鍛えているのはわかる、筋骨隆々たる拳士のそれとは別物だ。
いままでのドロシーなら、身体を隠してしゃがみ込んでしまうだろう。
だが。
いまの彼女には緊張も羞恥もない。
ただ・・・生き残ることだけを考えて。ゆっくりと歩をすすめている。むだな力は一切、ない。
「・・・あれが、ルトのお相手か。」
感慨深げにつぶやいたのはミュラだった。
「ふん・・たしかに雰囲気はフィオリナにちょっと似てるな。この鎖骨から胸の膨らみとか、お腹と腰回りの筋肉のつきかたとか。
・・・
あれをフィオリナの代用品にもてあそんでたのか。」
いや、そういう言い方は・・・
「しかし・・・出来るな。かなり。」
ほう?わかります?
「あのボディスーツを仕込んどいてよくもわたしを、残念仮面だのっ!絶倫仮面だのっ!」
フィオリナがぼくの胸ぐらをつかむ。
ああ、なんだか、王立学院時代を思い出すなあ。まだ一年もたってないのに。
「それにしても」
とフィオリナは手をはなして、難しい顔をした。
「女の子が多いのは、偶然しょうがないとして、まともな学生ってあの鶏ガラ女ひとりじゃない!?」
「なにをいまさら。」
ぼくは鼻で笑った。
「魔道院はもっとひどいでしょ?」
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