第111話 夏ノ目秋流 初めての異世界お泊まり
知らない間に対抗戦とやらが始まっていて、なんだかわからないけど、先勝しちゃった。
わたし、夏ノ目秋流こと、勇者アキルは、いまランゴバルド冒険者学校にお世話になってる身だから、一応喜んでいいのだろうけど、何だか納得いかない。
つまり、もともとルトくんと残念仮面さんは、恋人同士で、ルトくんたちがランゴバルドに留学してる間に、残念仮面は先輩と出来ちゃった。でもルトくんもドロシーさんといい雰囲気になっていた、と。
それで、キス止まりだったルトくんの勝ちで、一線超えてしまった残念仮面の負けと。
なんじゃそりゃあああああああっ!
大事なことなので、もう一回言おう。
何じゃあそりゃあああああぁああ!?
で、この訳のわからない状況を演出した賢者ウィルニアって人が杖を一振りすると、わたしたち一行は、ホテルの入り口にいた。
建物の高さは三階建くらい。ロウさんが(なぜかまだわたしをおんぶしてくれていた)教えてくれたところによると、ここはもともと旧帝都と呼ばれている名前のない街で、わたしたちが行くはずのグランダの王都はここから歩いて、半日ほどの距離にあるらしい。
いま、ウィルニアさんが使ってくれた「転移」の魔法は、グランダでも使える人が一人か二人しかいない高度な魔法だそうだ。
なので、ここのホテルはみなさんの慰労を兼ねての二泊。あとは、王都内で宿を取ります、ルトくんは言った。
わたしはロウさんと同じ部屋だった。
吸血鬼と同じ部屋? 異世界だなあ。
お部屋は寝室とリビングが別にあるかなり大きなお部屋。ゲストルームまであるのですごいな、と思ってたらあそこはお付のひと、侍女とかあるいは、護衛のひとが泊まる場所らしい。
あとは、わーー異世界だあ、ってのりはない。
トイレは個室だし、わたしの認識の中にあるトイレと使い方は違っていなかった。ちゃんと水も流れた。あとお風呂を希望したら、メイドさんみたいな服の女の人がお湯の入った壺をもって、しずしずと現れた。
あれで何往復すると湯船がいっぱいになるのか、心配になったが注がれるお湯は、明らかに壺の見た目の容量をこえても流れ出し、体を伸ばせるほどの湯船はすぐにいっぱいになった。
体を洗う石鹸も、髪用のシャンプーもある。
トラックに、跳ねられてから、体感では半日たったくらいなのだが、体を洗ってお湯に浸かっていると、鼻歌のひとつもでそうだった。
途中でロウさんが、洗ってあげようか?とか言って顔を覗かせたので、あわてて断った。
だって、この世界、貞操観念がちがうみたいじゃない!?
まだ恥ずかしいわ。せめて灯りをおとしてね!
用意された部屋着は、飾り気はないが清潔そうだった。下着はなかったけどまあいいか、ロウさんと2人部屋だし。
と思ってドアをあけると、みんながリビングにそろっていた。
「勇者アキル! 異世界転生おめでとう!」
「あ、ありがとうございます!
みんなの、足をひっぱらないように頑張ります!」
なにがおめでたいのか、なにを頑張るのか。
分からないまま、そう挨拶。
そもそもこれは、わたしが「召喚」された体なので「異世界転生」とは違うのか。
いやわたしのもとの体はヴァルゴールが修復中でこれは彼女がこの世界用に作ってくれた体なのだから、転生でいいのかなあ、と、いろいろ考えながらわたしはソファに座る。
お料理もそろったところで、さっそくグラスが回された。あれ、お酒?
わたし未成年です。え、ここは16歳成人なの?
じゃあ。少しだけ。
「えっと、このワインは、魔道学院の残念仮面ブラッディローズさんからの差し入れです。」
「ざ、ざんねんかめんっ!」
「ちなみに、こちらの銘柄はクローディア公爵家、いやクローディア大公家の秘蔵の逸品のはずですが、今宵もミュラをお尋ねのご予定が?」
「・・・」
「以上、魔道学院の絶倫仮面さんでした。みなさんありがたくいただくように。」
やるな、ルトくん。きみはどうもわたしと波長が合うようだ。
そもそも、上水道が整備されるまでは、お酒は毎食、普通に振る舞われていたはずだ。
いちいちお湯を沸かすのは手間もかかるし、燃料の確保も大変だ。
お酒はその点、むしろ安全に飲める。
そして、このグランダという国は、皆の説明によると人類文明圏のだいぶ北の方にあるらしい。
寒い地方には、体を温める目的でお酒を飲むケースは、けっこう元の世界でもあったような気がする。
おそるおそる口をつけた初ワインは、渋みと酸っぱさの中に僅かな苦味が・・・・あんまり美味しいものではないな。
でも香りはいい。
それよりもわたしの大好物の冷製チキンがあるではないかっ!
本当はお醤油ベースのタレをかけていただきたいのだが・・・異世界では。あれ? お醤油・・・に近い味がする。
食べるものには困らないでいいことに一安心する反面、これでは、お醤油とかお味噌とかラーメンとかお風呂文化とかを伝えて、知識チートする展開はなさそうだった。
むこうでは、ドロシーさんとエミリアさんとラウレスくんが、なんか泡のたつお酒と串焼きの山盛りと戦っていた。
ドロシーさんはチラチラと、ルトくんの方を見るのだが、彼はウィルニアさんやルールス先生と話し込んでしまったいる。
「アキルは美味しそうに食べるな。」
ロウさんは、そう言って優しく、わたしの髪を指ですいてくれる。
言いながら、自分も厚切りのハムと香草を挟んだサンドイッチをぱくついている。
「え? ロウさんは吸血鬼、なのでは?」
「そうだよ。だからこういったものは全部、嗜好品。わたしクラスになると直に生気を吸い取れるから吸血だって嗜好品。」
それから、スッとわたしの耳元で囁いた。
「わたしのおやつになってみる?」
く、口説かれてる!
す、吸われて見たいけど、吸われるとやっぱり吸血鬼になっちゃうんでしょうか?
「ああ、いわゆる、従属種の吸血鬼ってやつね。これはけっこう問題があってね。
文字通り、吸血した相手を自分の配下に置けるんだけど、一種の洗脳なんだよね、これって。洗脳ってわかる。」
わたしはこくこくと頷いた。
「さて、吸血による従属洗脳は強力なんだけど、所詮、洗脳なので、いつかは解ける。普通の人間だとまず100年を超えるスパンで洗脳がかかってればそれはもう一生、従属することになるんだけど、われわれはまあ、決まった寿命ってものがないからねえ。
洗脳が解けた時点で、親吸血鬼への思慕は憎悪へと変わることが多い。
まず、恨みは吸血鬼にされたことから始まるんだ。そもそも吸血鬼になりたくてなるやつが少ないしね。それに洗脳中にやらされたあんなことやこんなこと。」
ロウさんは肩をすくめて見せた。中性的な彼女にはそんなポーズが似合う。カッコ良いぞ!真祖さま。
「だから、いつかは反旗を翻されることは確実なんだ。だったら、隷属中に酷い扱いをしないとか、そもそも従属種を作らないとか色々方法はあるはずなんだけど、どうも吸血鬼は違うやり方をするものが、多い。それが、従属種を作るときにとんでもない弱点を最初から植えつけておく・・・・というものだ。
だから、従属種には『何これ?』って言いたくなるような、弱点が多い。流れる水を渡れない、とか招かれないと相手の家に入れない、とか。」
なるほど、陽の光に弱いとか十字架に弱いとか、変な弱点があるのはそのせいなのか。
わたしは納得したが、まあ、これはこの世界での吸血鬼の話。元の世界はまた違うのだろう。
「そして、従属種がまた自分の従属種を作るときに同じことをやるから、代を重ねるごとに変な弱点がどんどん増えていくことになる。
なので、わたしは君を別に吸血鬼にはしないよ。ただ、生気を分かち合うだけ。」
ロウさんのサングラスの奥で赤い光が見えたような気がした。唇がわたしの喉元へ・・・・。
ボゴっ
鈍い音がして、ロウさんが後頭部を抑える。
「やたらに拾い食いはしない!」
わたし、吸血されるところだったのだか!
興味はあるけどまだこわい。
「ざ、残念仮面さん。助けてくれてありがとうございます。」
「残念仮面・・・・」
見れば見るほど、スタイルはいい。胸は慎ましやかだけど、お腹なんかはビシッとしまってて、お尻もキュッと上がってて、足も綺麗だ。
顔立ちだって、口元しか見えないがこの歯並び、この顎のラインで美人でないわけはないっ!
残念仮面さんは、ため息をついて仮面を外した。
か、神っ!!
この美しさは・・・。
わたしはバカみたいに口をあけたまま、彼女を見つめた。
「これでもう仮面ないけども?」
天上の美貌が笑ってそういった。
「ざ、残念さん・・・・」
超絶美人のお姉さんは、ショックを受けたようにうなだれた。
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