第108話 暗い夜道はご注意を!

ぼくとドロシーはしばらく、無言で歩いた。


「・・・・ひどいやつだと思ってる?」


ドロシーがぽつり、と言う。


平坦な場所ではあるのだけけれど、整地された道ではない。地面は凸凹しているし、草や地面から飛び出した根に足を取られそうだ。

彼女は弱々しい、光のボールを打ち上げてそれで足元を照らしているのだが、かなり歩きにくそうだ。


前をいくロウたちとはだいぶ、距離が離れてしまった。

街道までは、街灯をめざして歩けばいいし、そこからは一本道だ。


旧帝都への入り口は、検問があるが、ネイア先生が「銀級」冒険者の資格証を持っているはずで、問題はないだろう。

ロウには、今夜の宿泊場所も伝えてある。


一応、旧帝都に新築された宿の中では、最高級の部類に属するホテルで、事前に調べたところによると、電気の灯りを一部導入しているらしい。

電気そのものは、魔法で起こせるので、これを蓄電する方法がポイントになる。現在は、蓄電能力のある魔法生物を「召喚」によって使役しているのだが、ロウから聞いたウィルニアの蓄電池の技術を早いところ復活させた方がいいだろう。


ドロシーが小石につまずいてよろけるのを支えた。

怪我をさせるまえにおぶった方がいいかも知れない。


「どうせわたしは、あなたたちにはついていけないっ!」


とドロシーは低い声でつぶやいた。泣き叫びたいのを堪えているような声。


「みんなは、この真っ暗な闇の中でも目が見えるんでしょ? ライトボールが必要なのはわたしだけで。

わたしだけ、こんなに歩くのが遅くて。

わたしだけ・・・・」


「暗視の魔法は、教えてあげられると思うよ。ただ、使い方が難しい。この魔法を使ったまま、まともな明るさの光源を見たらしばらくは、何も見えなくなるから。


あと、歩き方だけどね。こういう整地されていない場所を歩くのはコツがあるんだ。

暗視と両方をいっぺんに教えるのは返って大変になるから、順番にね。


ロウはね、わるい先生ではないんだけど、いままでがいままでだから、とにかく戦い方ばかりに集中しすぎてたかもしれない。」




まずは相手を抱きしめろ!


と想像上のリウが言うのだが、ぼくにはなかなかそれが難しい。


「困った人」を見る目でドロシーがぼくを見ている。


「ねえ、ルト・・・わたしはひどい女?」


「ひどい?とは?」


「なんて言うか・・・・調子に乗ってる、っていうか。」


「まあ、調子に乗ってるんだろうけど。別に悪いことじゃあない。

ドロシーは今までずっとコツコツ努力をしてきて、すごい実力をもってたんだけど、だれも評価してやらなかった。


主筋である子爵家は、もちろん、ご家族さえも。


だから、」


「それもあるんだけど。

その。

マシューのこと。」


街道の灯りははるかに遠く見える。

そこにたどり着くには小さな丘をひとつ、越えないといけない。

細い道は、踏みならされただけのもの。まわりの草は、まばらながら、腰くらいまでは伸びていて、昼間はいざ知らず、夜にひとりであるけと言われたら誰だっていやだろう。


ロウたちはだいぶ先だ。

もう足音も聞こえない。


夜風が体温を奪っていく。

立ち止まってしまったドロシーは、いままで一番、頼りなげで儚くみえた。


「うん?

いま、あいつはきみにぞっこんだけど、結婚まで急いで決めなくてもいいんじゃないかな?


マシューが冒険者としてそこそこ稼げるようになるかは、まだわからない。

家庭を持つならまず経済的な安定だよね。


いくら訓練を積んでも戦うセンスというか、戦う気のないものに冒険者は厳しいんだ。


グランダだと、行き場のない貴族の三男坊がよく、ギルドの事務方で働いてたよ。

グランダも識字率は悪くは無いんだけど、ほら、役所に出す書類なんかだと、きちんと学校で教育をうけた者じゃないと難しいだろう?


だから、貴族の子弟が重宝がられてたんだ。もちろん、そんなにたくさん給料がもらえるわけじゃないけど、安定した仕事だったし、命の危険がないからなあ。

それに、実績を積んでサブマスターにまで昇格すれば、それなりに名誉のある職でもあったんだ。


ランゴバルドは、もともと冒険者の社会的な地位は高いみたいだけどギルドの職員ばどうなんだろ?


ドロシーが毎月、カツカツでやりくりするのは見たくないし、それなら、ドロシーが、もっと魔法と戦闘技術を磨いて、しばらく冒険者をやってみたらどうかな。

銀級までいくと、だいたい現役中に一生暮らしていけるだけの蓄えはできると思う。


もちろん、ぼくだって協力するし、ロウやギムリウスも助けてくれるよ。


たっぷり貯蓄があれば、マシューが薄給でもあくせくしなくていいから楽だと思う。

こどもだって、冒険者学校じゃなくて、ちゃんとした名前の通った塾に通わせて。


いやそうだな、それより、あらためて上級魔道学校に入り直したら?

冒険者学校を卒業するのにだいたい3年として、冒険者を5年続けて学費を貯めて!


ドロシーも戦うことに必ずしも前向きじゃないからその方がいいか。


上級魔道学校を卒業すれば、それこそ教師として、私塾をひらいたり、どこかの貴族のお抱え魔道士や、家庭教師とか働き口がたくさんありそうだしね!」


はいはい。


そうです。その通りです。

ドロシーはこんな話を聞きたいんじゃないよね。

それはぼくもわかってる。

わかってるんだけど、話しようがないじゃないか。

自分でも結論のないこの気持ちと。


それから、愛する我が婚約者。


ドロシーが首をふって、キスを求めてきた。


彼女が展開していた光球はすでに消えて、闇がぼくらを包んでいる。


唇と関係ないところをさんざん舐めてから、キスをせがむのが、ドロシーの得意技なんだけど、ほかの男にも、やってると思うと醒める。


ぼくは、いままで1度もしなかったこと。

断固たる拒否を示すように手荒にドロシーを突き飛ばした。


ああ、ドロシー。間違いなく心が傷ついたよね。そうか、心がバラバラになりそうな痛みかな。

驚いた?



でも体がバラバラになるよりは、ましではないかな?



ドロシーがいた場所が閃光とともに爆発した。

真近にいたぼくは、爆風で吹き飛ばされる。それでも、衝撃を殺して、なんとか立ち上がった。


光の剣。

と、グランダではそう呼ばれる魔法だった。

一般には、魔力消費も少なく、連射のきく「光の矢」が攻撃魔法としてよく使われる。


無詠唱で光の剣をはなてるものがいたら、それは。


放った人物は、ぼくらの頭上にいた。


しかし。


なんというカッコだろう。


アモンが着るような水着でしか見たことの無い身体のラインがしっかり分かる衣装は、空色を基調に金銀のラインをほどこしたもので、足の部分というより、その付け根、というより腰褒めの部分から布がなく、形のよい足はほとんどむきだしだ。

(流石にタイツは履いていたが、肌を隠すことの多い北の国の街中では、これでもほぼ逮捕案件だ)

群青に星を散りばめたマントに、つばの広い鮮やかなの緑の帽子。襟にはふわふわした襟巻き。これは飛翔魔法が使える魔道具「リリアルの翼」のフェイクだ。

顔は目元を仮面で隠してはいるものの、口元だけでとんでもない美人だとわかる。



「美少女仮面ブラッディローズ!見参!」

「フィオリナ!」


ぼくと彼女叫びは、まったくの同時だった。

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