第91話 最後のダンスは、憧れ続けた彼女と一緒に~2

このアモンという古竜の鱗は、自分よりも遥かに硬い。


ゾールは歯噛みしながらも認めた。

そして、おそらく、いや間違いなく、彼よりも総合的な力は上だ。


魔術について、特に空間を操作する魔術について、彼はそれなりに自信を持っていた。

いや、竜の都でも彼に匹敵するものはいないと、自負していた。


だが、上には上がいる。

それを彼は素直に認めた。


そして、あのルトという少年。


彼が、此度の脚本を書いたのだ。

5枚の「神竜の鱗」。全てが集まった瞬間に、全てが台無しになるようなこの罠を。


なにが冒険者学校の生徒だ。


そんな冒険者学校の生徒がいてたまるか!


おそらく、彼もまた 未知の、力をもった亜人なのだ。


ゾールは、必ずしも竜の長老たちからは好まれていない。

ただ、その実力をもって推し通ってきたのだ。確証はなにもないが、長老たちのひとりが、生意気な若竜に灸を据えてやろうと思いついたのか。


だが。


今回も推し通る!!


歩法瞬き。


極度の筋肉の緊張。筋肉が体重のかかり具合とは真逆の方向への急速な移動。


そしてそれを繰り返すことは、場合によっては筋肉の断裂をも起こしかねない。


ふん。


と、ゾールは鼻で笑った。


それがどうした。

3連続の「瞬き」は、おそらく勇者たるクロノでも限界だったろう。


足のなかでブチブチとなにかがちぎれる音がする。


そこまでして繰り出した剣の一撃でさえ、こいつ、古竜アモンは軽々と拳で払い除けた。


だが本命はこれではない。


4度目の「瞬き」でアモンの背後に回り込んだゾールは渾身のブレスをはなった。

竜鱗とブレスは鉾と盾に例えられる。


最強の鱗は最強のブレスを防ぎきれるのか。


答えは、NOだ。


竜族においては、常に攻撃は防御を凌駕する。


つまり、鱗の強度において、ゾールを上回るアモンでもゾールのブレスで貫ける可能性はある、のだ。

そして、事実。


アモンは、回避の行動をとった。


ゾールのブレスは虚しく、空を切る。


いや。

ブレスは大きく歪曲し、再び、ゾールに向かった。ゾールは自らの身体から生み出した剣でそのブレスを受け止める。


ゾールの剣は、彼のプレスの威力を宿した。


「瞬き」!


左足は骨折した。

だが、いま、この瞬間、アモンはゾールの姿を完全に見失ったはずだ。


彼の体からの素材でつくった唯一の剣であれ、竜のブレスを纏わせて攻撃出来るのは一度だけ。それ、以上は剣身がもたない。


アモンは。


彼を見向きもせずに、その拳を床に叩きつけていた。


以下は念話による会話である。

崩壊する世界のなかで、声による会話などしようもない。


“創られたばかりの世界は脆い。”


アモンは声は優しく、諭すようだった。


“世界を創れることに慢心したな、若き竜よ。おまえが創った不安定な世界でなければ、わたしもこんなやり方は出来なかった。

さすれば、さいごのヒトたちくらいはくらっかたもしれぬ。”


世界が崩壊する。


そしてその崩壊とともに自分もまた。


無に向かって落ちていくその尾を、人間の手が掴んだ。


“少々、おまえが気に入ったようだ。少しわたしのもとで修行していけ。”


“あ、あなたさまは!”


ふふっ


と声の主は笑った。


“外の世界では、この名で呼ぶなよ。我が名は”




ドロシーのやり場のない怒りやら悲しみやら。

一切合切と一緒に、ランゴバルド塔は崩壊した。


いまでは最大の建築物ではないものの、ランゴバルドを代表するランドマークである。

それが、根元から砕け散り、上部はそのままの形状で落下した。それも地に落ちる前に、粉々にくだけ、衝撃波はまわりの建物を次々と倒壊させた。


煙と埃、さらに細い破片の混合物が、ルトたちを襲った。ロウがリウが、てんでに障壁を展開した。

ギムリウスが竜巻をよんで、かれらのところにはチリのい一片すらも届かなかった。


「なにがどうなって」


ラウレスがつぶやいたが、古竜がそんなことを言うな、と誰もが思った。


「あ、あれ」


エミリアが指差した方向。

けむりにつつまれたその中からアモンが歩いてくる。


鼻歌をうたっている。

上機嫌だ。


しかし、引きずっているものはなんだろう。


全員の目にそれは身の丈40メトルも黒い竜にみえた。

死骸ではないのだろう。しかし、完全に気を失っている。


エミリアは、その事実を認め、蒼白になってリウを振り返った。


「あれ、あれって。」


「うむうむ。」リウはにこやかに頷いた。「アモンならきっと気にいると思ったんだ。未熟なれど、才能溢れる若い竜の命をむざむざ散らすこともないからな。」


ドロシーは速やかに意識を失う道を選んだ。


ギムリウスに急遽、糸を提供してもらって仕立てたロングコートのまま、ルトの腕の中におさまる。


「こっちは片付いたぞ。」

アモンは楽しげに手を振った。

「こいつはわたしがもらう。『魔王宮』に放り込んで半世紀ばかり修行させる。

なかなか、面白い技をつかう。歪曲するブレスとか。」


「結局のところ、なにが目的だったんです? こいつは。」


「わたしに惚れていたのだよっ!」

と、ウキウキした口調でアモンは答えた。

「わたしにまつわるものをコレクションしていたようだ。

ただ神竜の鱗をともなると、枚数も限られる。管理しているのは、竜の都やら、ギウリークやら、ランゴバルドやら。」


アモンは、深淵竜を蹴飛ばした。蹴飛ばした衝撃で人化するなどあるのだろうか。


博学なルトも元魔王もはじめて見る光景だった。


改めてひとの姿をとった深淵竜は、先ほどよりも若い姿をとっている。


そのまま瓦礫の上に正座!


「いくらなんでもそうなると厄介なので、誰かを犯人にしようと思いました。」


観念した犯人が自白するように、ゾールは語る。


「東方の国が保管していたものは、国そのものが崩壊していたのであっさり手に入りました。

行方不明の1枚は、アルド海に沈んでいた船の中から見つけました。

あとは、竜の都のものは、ラウレスに。ミトラとランゴバルドのものは、ロゼル一族を、それぞれ犯人に仕立てるつもりでした。」


「全体としては悪くないと思うな。」

ルトが、ぽつりと言った。

「神竜に神獣、真祖に魔王がひとつ所にいることを予想するほうが無理だ。」


「や、やっぱり自分でもそう思ってる?!」


「と、ところで」

とニフフが、言った。

彼の「5枚の鱗をあつめて、リアモンドを魔王宮から解放する」という目的そのものが無意味、あるいは大きなお世話だったのだか、そうなると、気になることがある。

「ランゴバルドに保管された『神竜の鱗』はいかがになりましたでしょうか。」


ああ。


アモンは今気がついたかのように(実際そうだったのだが)言った。


「ルトに渡したものと一緒に、全部、踏み砕いてしまった。」


「そんな、あれは世界の宝・・・」


これではクビになると、おいおい泣きはじめた。アモンも罰が悪そうに、それを見つめている。


「あの」


ルトが手を上げた。


「神竜の鱗くらいもう一枚あげたらいかがでしょうか

あとノリでリウが壊してしまったミトラの大聖堂の分も。」

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