第83話 最終決戦はただの舌戦

仄暗い世界が、一行を迎えた。


ルトは、黒いシャツに黒いスラックス。傍らの不安そうなドロシーをなだめるように、頭をポンと叩いた。

ラウレスと、二フフはそれでも戦闘態勢。

身体の周りに、力場を展開させて、いつでもブレスを放てるよう準備をしている。


呆然としているのは、『紅玉の瞳』を除くロゼル一族の面々だった。

実際・・・この異空間に招かれたことのあるのは、一族でも長の『紅玉の瞳』とエミリアのみ。

戦うことを生業としているものなら、少なくとも現代では魔術の心得のないものは、皆無であるだけに、ここに問答無用で彼らを拉致した、魔力の膨大さを想像し、それだけで戦意を失っているのかもしれない。


ぼんやりと、明かりが灯る。


そこは集会場に使われるような小部屋。

天井近くに小さな明り取りの窓があり、そこから光が差し込んでいた。


壇上にひとりの男の姿があった。


ルトやラウレス、『紅玉の瞳』にはおなじみの姿。


深淵竜ゾール、である。


「ラウレス・・・・おまえには失望した。」


ゾールが言った。死刑を宣告するときの裁判官の声だった。


「わたしがっ!?」


ラウレスは、驚いたようだったが、それはそうだろう、とルトは思った。


「おまえにこの前会ったときに、我は命じたはずだ。ランゴバルド冒険者学校に入り込んで、真祖吸血鬼リンドを名乗るものの正体を見極めよ、と。」


「・・・・・」


「人にまじり生活しているおまえの立場ならば、容易な任務のはず。なにもしないまま日を重ね、こうして、竜の鱗が我が手にそろう日までに、不確定の要素を残してしまった。

・・・駄竜だな。評判どおりの。」


「あ、ごめん。それ聞いたのはぼくです。」

ルトはさっと手をあげた。ラウレスが駄竜なのは、賛成だったが、いわれのない罪をきせられるのはかわいそうだと思ったからだ。

「黒蜥蜴のコスチュームを借りて、ビラ巻きをしてたときに、この空間に呼び込まれて、あなたからそんなことを言われました。


・・・でも、ぼく、あなたの命令に従う義理はないですよね。」


ゾールは、黙った。


「それとも、黒蜥蜴のコスチュームをしていると誰でもラウレスに見えてしまう幻覚症状でも?」


「・・・ラウレス。このモノは?」


「冒険者学校の生徒のルトです。」


「こんな冒険者学校の生徒がいるかっ!」


ルトを除いた一同は、思った。そりゃそうだ。




「つまらない騒ぎを起こしてくれたもんです。」


ルトは、壇上のゾールを見上げた。

口元には相変わらず、穏やかな笑みが浮かんでいる。


だが、少しはルトと付き合いのあるドロシーとラウレスは思った。


ああ、これは怒ってる。


「おかげで、ドロシーはひどい目にあった。エミリアだってとばっちりを食ったようなもんだし、あなたが余計なことをしなければ、二フフも犯罪に手をそめずにすんだ。

つまり」


「ニンゲン風情がっ!」


「やかましい! 育ち過ぎの蜥蜴が!」


レベル最低の口喧嘩だったが、ダメージはゾールのほうが、大きかった。顔色をかえて黙り込む。

ラウレスは思った。


ルトの口調が。竜を蜥蜴と侮蔑するときの口調が、発音が、微妙なイントネーションが、顔の表情が。

どこか、上位の竜が未熟な個体を叱責するときのそれに似ているのだ。

人間のルトがそんなことができるわけがないし、誰かのそれを真似たのだろうか。


たとえば、どこかの古竜とか。


この少年はまとも、ではない。それでも古竜など、めったに目にすることなどそもそもないはずなのだが、しかも人化した状態の。そんな知り合いでもいるのだろうか・・・


あ。


あ。


あ。


冒険者学校の試験の日。


いたのだ。その場に。


『神竜の鱗』?

世界に五枚しかない宝。


いやいやいや。そんなものなんの価値がある。


「ぞ、ゾール! まずい。お主がなにをたくらんだのかわからないが、すぐに洗いざらい話して、詫びろっ!

もし、話の内容が面白ければ、助かる可能性はあるっ!」


その瞬間ラウレスの喉が裂けた。

見えない刃に裂かれたように。


展開していた防御力場も竜鱗もまったく効果がなかった。

倒れ込むラウレスをルトが支えてくれた。

治癒魔法の明滅。


最期に血をはいて、ラウレスは、呼吸が回復するのを感じとった。


「ゾール。あなたが敵対したいのなら、ちょっとしたゲームをしませんか?」


ラウレスは、ルトを見た。ああ、またあの怖い笑いを浮かべている。

やめろ、やめておけ。ゾール。


こいつのパーティは、神獣ギムリウスに真祖吸血鬼ロウ=リンド、それにリ・・・いやアモンさまなんだぞ。


声がでなかった。

まさか! 声だけだせないように治癒魔法を調整した??


「なにを企むかわからぬが、乗ってもよい。なにを賭ける?」


「もちろん、五枚目の神竜の鱗。」


ルトは手に『神竜の鱗』を取り出した。

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