第59話 無自覚なのはタチが悪い

冒険者学校の正門前で、馬車を帰すと、ぼくは門をくぐった。


わかるものだけにはわかる。迷宮という名の異世界に入るときの「あの」感覚。

たぶん、それはただの冒険者にはわからないと思う。

世界から別の世界への移転。体と心は風に舞う木の葉のよう。

無事に着地するまで、落ち着かない。


「おかえり」


校内の敷地にもあちこちに明かりが置かれて、歩くには不自由しない。

実際ぼくも暗視も魔法も使っていなかった。


ロウのいる寮の前を通ると、バルコニーから、ロウに呼ばれた。


「ただいま。

相談したいことがあるけど、また明日。みんなは部屋に帰っただろ?」


ふわっと広げたコートが翼になって、空を舞い、ロウはぼくの頭上から手を掴む。そのまま、3階の彼女の部屋にぼくを持ち上げた。


「ドロシーが待ってる。おまえに怪我をさせて、手当もしないで出て行ってしまったんで心配してる。」


そういうと自分は「散歩してくる」。にやっと笑ってバルコニーから飛び立ってしまった。


「ルト!」


夜もだいぶ遅いのに、ドロシーは、待っていてくれた。心配してもらうのは嬉しいのだけれど。

塗り薬を持って、近づいてくる彼女は、例の体にピッタリしたギムリウスの糸のボディスーツのままだ。

寝室に二人きりでその格好はまずいと思う。


「傷を見せて・・・もう治りかかってるみたい。毒も・・・効いてないかな。よかった。」


そう言って細い体を寄せてくる。

覗きこむ顔が近いのは、彼女の近視のせい。

頬を撫でる手が優しいのは、ぼくを心配してくれてるからだろう。


「あのさあ、ドロシー・・・そのボディスーツはまずいと思うんだけど。」


そう言うと、ドロシーはパッと顔を赤くして


「え? これも脱がないとダメ?」



・・・・無自覚痴女か、こいつは。



開け放しの窓から、霧が舞い込み、人影を形作った。


ネイア先生だ。ボロボロの布を巻きつけただけのファッションは、時に太ももや胸元のかなりなところまでも、チラチラ見えてしまう。

こっちもこっちでけっこう危ない格好だった。


跪いた姿勢で現れたネイア先生は、そのまま首を垂れる。


「ルトさま。ルールス教官が、ランゴバルド博物館の件でお話がしたいとのこと。明日にでもお時間を都合いただけませんしょうか。」


そこまで言って、ドロシーがいるのに気がついた。

子爵級吸血鬼の青ざめる顔。



「ル、ルト・・・さま・・・って、やっぱりネイア先生とルトって・・・」


「ま、間違い!!」


ネイア先生はすくっと立ちあがった。


「ルト! ルールス先生がお呼びだ。明日の放課後、ルールス先生の教官室に来るように。」


遅いわ。

これで都合三回目だな。


「教えて! ルトってネイア先生とその・・・」


ぼくは意を決して、首筋を見せた。ネイアの噛んだあとはまだ、傷跡が残っている。

吸血鬼特有のうじゃけた傷口。


「ぼくは、ネイア先生に噛まれたんだ。

吸血鬼にはなっちゃ居ないけど・・・・

一応、その眷属ってことになる。だから・・・」


「そ、そうなんだ。」

ドロシーはショックを受けたようにうつむいた。が、すぐにいやいやいやと、首を横に振る。

「じゃあ、なんでネイア先生が、ルトに敬語なの?」


頭のいい子はこれだから困る。

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