密命
西域でも海に近い地方は、独特の文化を持っている。
ここ何十年かで、魔道列車による交通網が発展するまでは、もっぱら交易、人の交流は中原が多く、そのため、世俗、習慣は今もなお、中原のものが色こく残っている。
例えば、冒険者ギルドもそうだ。
西域では定番の、依頼が貼り出された受付ボード、受付カウンター、素材の買取所、併設された居酒屋風のレストランではなく、中原風の個室の受付が多数用意され、受付ボードに貼り出されるのは、依頼の内容ではなく、依頼のかかっている冒険者のパーティ名だ。
冒険者はそれを毎日、チェックして自分に依頼が来るのを待つ。
ボードをチェックしてパーティに知らせることが専門の見習いメンバーを抱えているところもあるが、もちろん、銀級以上のパーティならば、然るべき連絡がギルドから通達され、中の個室で、依頼主との面談や、報酬の打ち合わせが行われ、契約が成立する。
レストランも併設はされているが、聖域に比べてはるかに小規模だ。
打ち合わせに酒が欲しいものは打ち合わせようの個室で提供されるし、ギルドに顔を出したはいいが、依頼がひとつもなく、すごすご帰るパーティはあまり、ギルド内では飲食をしたがらなかった。
ギルド「巨鯨星」は、打ち合わせ用の個室は、10室。中規模のギルドだ。
両側に個室のある通路を抜けた先が、海に迫り出したバルコニーになっており、珍しく気の利いたレストランになっていた。
黒尽くめの冒険者は、そこに一人腰を下ろして、何杯めかの酒をおかわりしていた。
グラスまたは壺で提供されることの多い、西域中心部とは異なり、蓋のついた急須で出されることが多い。琥珀色のかなり酒精の強い癖のある酒だ。それを甘辛く煮付けた魚、発酵させた腑などを肴に呑む。
小柄ながら、いかにも敏捷そうな体躯、鋭い目つき。
「ラミレスさま」
給仕の一人が声をかけた。白いシャツにガーターベルトのついた黒いゆったりしたパンツ。
この町では、飲食業で働く者の定番的な服装だった。
シャツの胸を丸いものが押し上げている。
ラミレスと呼ばれた黒尽くめの冒険者は、最初に胸を見てから、顔を見上げる、という器用なことをした。
「お客さま、だと思います。」
「思います? というのは?」
「冒険者のラウレス、という方を探してミトラからいらしたそうです。お名前は違いますが、人相、風態はお客さまにそっくりです。」
会おう、と言わないうちに来客は、ラミレスの前に座り込んでいた。
「よう、ラウレス。」
「人違いでは、わたしはラミレスという銀級の冒険者で・・・」
「それをいうなら、竜違いかな。お前が、グランダでやらかしてくれたおかげで、ギウリーク聖帝国じゃあ、大騒ぎだ。
たぶん、ここ半世紀ではなかったような外交的な敗北となるだろう。
それでもギウリークは、条約を飲まないわけにはいかない。
配下の黒竜を首都で暴れさせた挙句に、手を引いたら、それは『魔王宮』から一切合切、手を引くことになるからだ。
どんな悪条件でも飲まざるを得ないし、実際に聖帝国はそうするつもりだ。
これは、おまえ」
男は、フォークの先を顔に突きつけた。
「ラウレスの責任だぞ。」
「・・・わたしは、聖竜師団の顧問を解任されています。」
ラミレス・・・・黒竜ラウレスは観念したように俯いた。
給仕が持ってきた碗に、酒を注いでやると、男は相好くずして、それを飲み干し、さらに空の碗を差し出した。
「ニンゲンに対する責任はそれで終わったから勘弁しろと?
じゃあ、その後、ランゴバルドの冒険者学校の件はどうなる?
反吐を吐いてのたうち回ったところを、職員にも見られてるそうじゃないか。」
「あ、あいつらは・・・・」
ラウレスのついだ酒は、そのまま男の胃袋に消えた。
手を上げて、お代わりを頼む。この酒は、熟成によって味が増すと言われ、今、彼が飲んでいたのは20年もの。
急須にいっぱいで、一家が一月楽に暮らせる金額だ。
それを湯水のごとく、飲まれては・・・・
「あ、その前に、口に根を突き込まれた挙句に電撃魔法で、黒焦げにされたそうだな。
一日に2度も負けるか? 普通。」
「あいつらは異常だ!」
ラウレスは叫んだ。
「リアモンドさまがいたんだ! それにギムリウスも。」
「わかったわかった。」
あやすように男は言った。
「よっぽど強い竜人だったんだろうね。よくわかった。今回は、別にこちらは君をあらためて責めに来たんじゃないのだよ。
実は、それどころではなくなってね。」
「わたしに何をさせたい?」
「話が早くて助かる。
竜の都の宝物庫から、今まさに君が御名を口にしたリアモンドさまの竜鱗が盗まれた、と言ったら。」
「ありえん!」
「冒険者学校の入学試験で、ぶちのめされる古竜もなかなかありえないと思うがね。」
「だから、それは・・・・」
「そうだな、竜の都で盗まれた神竜の鱗は、竜の都にいる我々が解決すべき問題だ。
だが、ミトラの聖光教会に奉納されていたリアモンドさまの鱗もまた、ある日忽然と姿を消した、と言ったら?」
呆然としてラウレスは、相手を見つめた。
「どうも、そいつらは地上に現存する全ての御鱗を集めようとしているようなのだ。
次に狙われるのは、ランゴバルド博物館だろう。
どうだ。ランゴバルド博物館の御鱗の盗難を阻止し、さらに盗まれた鱗を取り戻してくれないか。」
「わ・・・わたしはランゴバルドには・・・・」
「そうそう、確かに冒険者見習いに、ぶちのめされた古竜がまさかそんな密命を帯びているとは賊も考えないだろう。
君はノーマークのままだ。
そうだな、一旦は、南の港湾都市に流れたが、有金を使い切ってしまい仕方なく、ランゴバルドに舞い戻った。
そういう筋書きでどうだ。
奴らは必ず、次はランゴバルドに現れる。
そこで奴らを捕まえろ。
君の名誉の回復、場合によっては再び、聖竜師団顧問に匹敵する地位をランゴバルドに用意させよう。
周りから尊敬を受け、経済的にも潤い、ニンゲンのメスからモテモテになるようなそんな地位だ。」
「あ、あなたは?」
男の手の中に一枚の磨かれた鏡のような鱗が現れた。
「我の名は、ゾール。深淵竜ゾールだ。これを持っていけ。いついかなる場所でも我と連絡がつく。」
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