第47話 城門

 急いで飛び出そうとするバレートであるが、俺はとめた。そしてポリメシアに目をむけた。


「ポリメシア。ローブを脱いでくれないか?」


「えっ?」


 訝しげにポリメシアが俺を見つめる。


「ローブを脱げって……変なことするんじゃないでしょうね?」


「誰がするか、こんな場合に」


 辟易して俺はため息をこぼした。すぐに真顔になると、いった。


「ミーラに着せるんだ。ローブにはフードがついてるだろう。それならミーラの顔を隠せる。もしかするとミーラの顔を見知っている者が叛乱騎士の中にいるかもしれないから、その用心のためだ」


「ううん、でも……」


 ポリメシアが逡巡した。するとバレートが急がせた。


「なに迷ってるんだよ。そんな余裕ないぜ。命がかかってるんだ。さっさと脱げよ」


「うるさいわね」


 きっとバレートを睨みつけ、それでも仕方ないとばかりにポリメシアはローブを脱いだ。


 現れたのは、普段のポリメシアからは想像もつかない姿だった。


 ノースリーブのシャツからは細く白い腕がのびている。胸元もおおきく開いており、小さいながらも胸の谷間が覗いていた。


 スカートをはいているのだが、かなり短いものだった。すらりとした足の付け根近くまでさらしている。


「うおっ!」


 思わずといった様子でバレートが声をもらした。もじもじしてポリメシアが胸元を右手で隠し、左手でスカートの裾を引っ張っる。


「バレートの馬鹿。いやらしい目でじろじろ見ないでよ」


「じろじろ見るなぅていってもさ」


「いいかげんにしろよな、馬鹿バレート」


 冷たい目でバレートを見やってから、俺はポリメシアからローブを受け取った。ミーラに手渡す。


「フードで顔を隠すんだ」


 ローブを身につけたミーラに俺は命じた。 


 はい、とこたえてミーラがフードをかぶる。顔を伏せていれば見咎められないはずだ。


「じゃあ、いこうか」


 俺たちも建物から滑り出た。


 裏路地は暗い。ムヴァモートには街灯などないからだ。それはモスナ公国でもおなじだった。


 が、いつもと違っていくつかの建物には明かりが灯っていた。騒動に気づいた家人が何事かと明かりを灯したのだろう。


「ミーラ。城壁の門はどこ?」

 俺はミーラに目をむけた。するとミーラは首を左右に振った。


「ここからではわかりません。ここがどこかもわからないので。なにか今いる場所の手がかりでもあれば」


「わかった」


 俺は歩き出した。闇を伝い、慎重に先を進む。

ともかくミーラのいう手かがりを探すつもりだった。


 息詰まる緊張感に戦慄を覚えた。


 相手は騎士集団である。見つかれば、いくらフォシアがいてもただではすまないだろう。


 ミーラもつかまるはずだ。下手をすれば殺されるかもしれなかった。


 それだけは絶対に避けなければならなかった。ミーラの命は託されたものだからだ。


 マンヘマー子爵との約束だ。それは守らなければならないものだった。


「隠れて!」


 小さくフォシアが叫んだ。慌てて俺たちは動いた。暗がりに飛び込む。


 ややあって巡回している様子の騎士が現れた。


 俺たちは闇の中で息を殺し、身をひそめた。身動ぎ一つしただけだ発見されてしまいそうな恐怖がある。


 俺たちのすぐそばを騎士たちが歩きすぎていった。がしゃりという甲冑の長靴が石畳をうつ音が遠ざかっていく。


 俺を含めた全員がふうと溜めていた息をもらした。全身が冷たい汗にまみれている。


「いこう」


 皆を促し、俺は暗がりから出た。フォシアとのキスによって得た超感覚を駆使し、気配をさぐる。


 近くに剣呑な気配はなかった。


 叛乱勢力は多くの騎士を巡回させているわけではないらしい。おそらくは主要な地点をかためているのだろう。


「門もおさえられているだろうな」


 俺はつぶやいた。するとポリメシアがうなずいた。


「でしょうね。モスは城塞都市だもの。城壁の門をおさえられているに違いないわ」


「厄介だな」


 俺はモスナ公国の首都であるモスの構造を思い浮かべた。


 ムヴァモートの主要都市の構造はほとんどといってよいほど城壁に囲まれている。外敵から城と街を守ためだ。大きな街ならば、城壁の外にも街は広がっていた。


 その城塞都市だが、出入り口──少なくともモス──は二つある。東南門と南門だ。


 この二つの門が、唯一都市内部と外部とをつなぐ、文字通り門であった。そこを通らない限り、モスと外部との行き来は非常に困難となる。つまりは叛乱勢力が門をおさえていた場合、脱出は難しいものとなってしまうのだ。


「ここから門までいく道はわかるかい?」


 俺はあらためてミーラに訊いた。


「だいたいですが」


 ミーラはうなずいた。少しは見慣れた街路にでたのだろう。


「方向は?」


 俺が訊くと、ミーラはある方向を指し示した。


「東門はあちらの方向です。南門は」


 ミーラは別の方向を指し示した。


「近いのはどっちだ?」


「東門です」


 やや思案した後、ミーラがこたえた。


「なら東門にむかおう」


 俺は先頭にたって歩き出した。闇や物陰に隠れながら。


 やがて俺たちは門の近くまでたどり着いた。離れた位置から様子窺う。


 馬車が余裕で通れるほど大きい門は閉ざされていた。篝火がたかれ、十数人の騎士がかためている。外にも同程度の人数の騎士が待機しているに違いなかった。


「突破は無理だろうな」


 俺はフォシアに目をむけた。こくりとフォシアがうなずく。


 俺とフォシアだけなら突破は可能であるかもしれなかった。


 けれど、こちらにはミーラがいる。バレートたちも。乱戦になれば守りきれるかわからなかった。


「じゃあ、どうするんだよ?」


 焦りのにじむメートルでバレートは問うてきた。俺はしかしすぐにはこたえられなかった。いや──。


 手段はあった。危険な手段だが。


 俺は城壁に目をむけた。

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