第40話 逃亡者

「……ごめん」


 ベッドに腰掛け、俺は謝罪した。眼前で少女はふるふると顔を横に振った。


 部屋がないとわかったのは少し前のことだ。急いで他の宿屋をあたったが、どこにも部屋はなかった。


「でも心配はいらないよ。この部屋をつかって。俺は仲間の部屋にいくから」


「だめです!」


 少女が小さく叫んだ。それからあわてて声を低めると、


「わたそのせいでハルトさんを追い出すなんて。そんなことできません」


「でも、ミーラもこまるだろ、泊まるとこがなかったら。俺のことは気にしなくていいから」


 俺はいった。ここに至る間での間に二人は名乗りあっていたので、名前はわかっている。


 俺は立ち上がった。もう時間は遅い。押し問答をしている時間はなかった。


「だめです。ハルトさんを追い出すくらいなら、わたしが出て行きます」


「ミーラ……」


 俺は困った。ミーラの断固たる態度に。


 外から鍵でもかけてしまわない限り、本当にミーラはこの部屋にとどまらないだろう。


「わかったよ」


 不承不承俺はうなずいた。


「それじゃ、もう夜も更けたし、寝ようか」


「はい」


 ミーラの顔が輝いた。が、すぐにその顔がこわばった。ベッドにはいるのに下着姿にならなければならないからだ。


「あの……見ないでくださいね」


「あ、ああ」


 背をむけて俺はこたえた。


 すると、もぞもそと気配がした。衣服を脱いでいるのだろう。掛け布のめくれる音。


「あの……どうぞ」


 消え入りそうなミーラの声。


 ふりむくと、ミーラが掛け布のなかに入っていた。こっちを見ないように背をむけている。


 ため息を小さく零しながら俺もまた衣服を脱いだ。ベッドを軋ませ、ミーラの隣に身を滑り込ませる。


 その時になって気づいたのだが、フォシアの時と違ってベッドが小さかった。掛け布も同じだ。


 フォシアの場合は身を離す余裕があった。が、今回はそうもいかなかった。


 掛け布の大きさが一人相当なので、自然と身を寄せ合うことになる。くっついた背からミーラの体温が伝わってくる。


 ミーラの背が震えていることがわかった。俺もどきどきして寝るどころではない。


 けれど──。


 やはり疲れていたのだらう。俺もミーラもいつしか眠りに落ちていた。


 どれくらい経った頃だろうか。物音に俺は目を覚ました。


 といっても完全に覚醒したわけじゃない。朦朧としていた。


 顎の辺りがくすぐったかった。目を開けると綺麗な金髪がみえる。端正な顔が胸の上にのっていた。


 夢か。


 そう思った時だ。たまりかねたようにドアが開いた。


 無理に開けたのだろう。内側の閂が千切れとんだ。


「ハルト。大丈夫?」


 ミカナの案じる声。そしてフォシアの声。


「ハルト。よかった。寝て──」


 俺は綺麗な顔を抱いたまま、寝ぼけ眼を二人にむけた。


「おはよう」


「ハルトさん!」


「ハルト!」


 怒鳴り声が室内の空気を震わせた。



「……で、一緒にベッドで寝たったわけね」


 呆れてポリメシアがため息を零した。


「馬鹿ね、ハルトは」


「うう」


 俺はうなった。返す言葉がない。


 場所は酒場の片隅だ。テーブルには朝食が並べられている。シチューにに似た汁物からは暖かそうな湯気がたちのぼっていた。


「本当ですよ」


 ミカナが口をへの字にした。怒っているのだ。


「どうしてわたしたちを起こしてくれなかったんですか。そうすれば今回のようなことは起こらなかったのに」


「また路地かよ」


 バレートが可笑しそうに笑った。


「また路地で面倒に巻き込まれやがって。もう路地にはいくなよな」


「バレート」


 助けを求めるように俺はバレートを見た。が、バレートは腹を抱えて笑っているばかりだ。頼りにならない奴である。


「で、あなたはどうして一人で旅をしているの? お金がないんじゃ、旅を続けられないでしょ」


 ポリメシアが俺からミーラに目を転じた。


「それは……」


 言葉をつまらせたが、やがて決心したかのようにミーラは続けた。


「逃げてきたんです」

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