第30話 グネヴァン帝国へいこう
翌朝のことである。
俺は同室だったバレートとともに一階の食堂におりていった。すぐにフォシアとポリメシアもおりてくる。
「ミカナは?」
俺が聞くと、ポリメシアが二階を見上げた。
「祈りをあげてるわ」
「ああ」
俺は思い出した。聖職者の日課だ。信奉する神を、聖職者は日々礼賛するのだ。
ミカナが信奉する神はセウォインというらしい。ムヴァモートの神々の主神で、太陽を司っている。
俺たちはコッドとミルクに似た豆の汁で朝食をとった。やがてミカナもおりてきた。
ミベニアとソイアが姿を見せたのは俺たちが朝食を終えた頃だ。席をたとうとしていた俺たちをミベニアが呼びとめた。
「待ってくれ。君たちに話があるんだ」
「話?」
バレートが足をとめた。
「そうだ。わたしたちはこれからグネヴァンに戻るつもりなのだが、同行してもらえないだろうか」
「同行……」
俺たちは顔を見合わせた。
「そうだ。たいていの者なら、わたしが対処できる。が、旅はやはり危険だ。ソイアにもしものことがあってはならない。君たちに手助けしてもらいたいのだ。これはソイアの希望でもある」
ミベニアがいった。俺たちはソイアに目を転じた。真剣な表情で俺たちを見つめている。
「ミベニアにお願いしたのです。ハルトたちに一緒にきてもらいましょうって」
「そうなのだ。どうもソイアはハルトのことが気にいっているらしい」
淡々とミベニアが告げた。するとソイアが悲鳴めいた声をあげた。
「ミ、ミ、ミ、ミベニア、な、な、何をいっているのですか?」
「うん?」
きょとんとした顔をミベニアはソイアにむけた。
「昨夜はハルトのことばかり話していたではないか。強いとかかっこいいとか。だからハルトのことが気にいっていたのだとばかり思っていたが、そうではないのか?」
訝しげにミベニアが眉をひそめた。顔を真っ赤にしてソイアが顔を伏せる。
突然、寒気を感じて俺はふりむいた。目を光らせてフォシアとミカナが俺をにらみつけている。
どうやらフォシアとミカナは怒っているらしい。何に対してなのか、よくわからなかったが。
「ええと、それって俺たちを雇うってこと?」
俺が訊くと、ミベニアはうなずいた。
「そうだ。グネヴァンの帝都であるゾーフラユまで同行してほしい。報酬は百ラダーだ」
「百ラダー!?」
バレートが目を丸くした。
日本円にすると、およそ三百万円ほどだ。バレートが目を丸くするのも仕方ない。
「ごめんなさい」
ソイアが恥ずかしそうに頭を下げた。
「わたしのおこずかいで出せるのはそれくらいなんです」
「お、おこずかい?」
俺は絶句した。びくりとして、ますますソイアが身を縮める。
「少なくて、すみません。グネヴァンに戻り、父に相談すればもっと用意できると思うのですが……」
「も、もっとって……ど、どれくらい」
あえぐようにバレートが訊いた。すると申し訳なさそうにソイアがちらとバレートを見上げた。
「二百万ラダーくらいだと」
「受けます!」
はじかれたようにバレートが立ち上がった。ソイアの方に身を乗り出すと、
「受けます。受けさせてください。ていうか、もう受けました。なあ」
うかがうようにバレートが視線をめぐらせた。ポリメシアは嬉しそうにうなずいている。一人四十万ラダーならかなりの報酬である。
ミカナは仕方ないというように苦笑していた。フォシアは相変わらず知らん顔だ。
その表情に気づいたミベニアが問う。
「フォシアは気にいらんようだな?」
「別に。気にいらないということはないわ。ハルトがいいというなら、わたしはいいわ」
「そうか。では、ハルトはどうだ?」
「俺は……」
本音をいえば断りたかった。最弱といわれているゴブリン相手ですら死にかけたのである。ミベニアですら危険と見ている冒険に出かけるのはまだ早いと思ったからだ。
その俺を、バレートたちは見つめている。期待に輝く目で。
断れるはずがなかった。
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