第26話 強くなりたい
毒はぬけたものの、バレートがベッドからはなれるまでには三日かかった。聖魔術でも失われた体力までは取り戻せないからだ。
それに比べ、俺はすぐに動くことができた。フォシアの薬草がよほど効いたのだろう。ポリメシアもミカナも目を丸くしていた。
明日、アメンドに発とうという夜のことである。俺は宿から出て夜風に吹かれていた。ボーリングの球を砕いたかのような歪な形の月を見上げる。
「どうしたの?」
声がした。
俺はふりむいた。俺と同じように夜風に吹かれてフォシアが立っていた。
「いや、ちょっと……」
俺は曖昧にこたえた。
「ちょっと? そんなことない。すごく深刻な顔をしているわ。何か悩んでるんでしょ?」
「それは」
俺はいいよどんだ。弱くて恥ずかしいなんていえない。
「隠さないで。何か悩みがあるんでしょ。わたしたちは仲間なんだから、なんでも話して」
怒っている。フォシアが。俺のために。もう黙っていることはできなかった。
真剣にフォシアは俺とむきあってくれている。そうなら俺もまたフォシアと真剣にむきあうべきだと思った。
「嫌なんだ。誰かに守られるのは。弱いのはもううんざりなんだ」
俺はいった。するとフォシアは微笑んだ。
「強くなりたいの?」
「強くなりたいさ!」
俺は叫んだ。フォシアは微笑したまま問うてきた。
「強くなってどうするつもり?」
「正直に生きるんだ」
「正直……に?」
戸惑ったようにフォシアが目を瞬かせた。俺の答えが意想外だったようだ。
「強くなりたい理由はそれだけ?」
訝しげにフォシアが問うてきた。さらに続けて訊いてくる
「たいていの人間が強さを求めるのは欲望をかなえるため。地位、金、女。または復讐。それが強さを求める理由よ。人間だけじゃない。動物はみんなそうよ。オスが強さを求めるのはメスを得るため。己が生き残るため。それだけよ。でも、ハルトは違うというの?」
「うーん」
俺は混乱してきた。なんか話が哲学的になってきたからだ。哲学を思索するほど俺は賢くない。
「結局は、俺も欲望のために強くなろうとしているんだと思う。強ければ意思を貫いて生きることができるからね。たとえば誰かを守ろうとするとかも。強くなければ誰も守れないから」
中学二年の時だ。クラスで虐められていた女の子がいた。
俺は積極的に虐めに参加していたわけじゃなかった。けれど、だからといって何もしなかった。知らん顔をしていた。
そして、結局、その子は不登校になった。あれから、その子がどうなったか、俺はしらない。
その俺の考えを読み取ったかのように、フォシアがいった。
「ても、強さは力だけじゃないわ」
「そうだね」
俺はうなずいた。
確かに強さは力だけじゃない。心が強ければ、あの同級生を守ることもできたかもしれない。少なくとも独りにすることは防ぐことはできただろう。でも──。
「確かにフォシアのいうとおりだ。心の強さが最も大事だと思う。でも、俺の国にはこんな言葉があるんだ。力なき正義は正義にあらず……そんな言葉がね。だから、俺はやはり強さが欲しいんだ」
「わかったわ」
フォシアがにっこりと微笑んだ。蒼い瞳がいつもより澄んでいるように気がする。
「じゃあ、わたしがハルトを強くしてあげる」
「フォシアが俺を?」
俺はフォシアの美しい顔を見直した。
ゴブリンをあっという間にたおした手並み。素人の手練じゃなかった。もしかしたらフォシアは武道の達人なのかもしれない。
「それは……俺に武道か何かの稽古をつけてくれるってこと?」
「いいえ、違うわ。わたしは武道なんか身につけていないもの」
「じゃあ、どうやって?」
きょとんとして俺は訊いた。するとフォシアは答えをつまらせた。少し頬を赤らめて躊躇している。
ややあって、意を決したのかフォシアは口を開いた。
「それはね」
「おーい」
呼ぶ声がフォシアを遮った。
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