ムヴァモート戦記 ~神獣王になるまでの俺の日々~

@gankata

第1話 異変

「邪魔だ」


 声とともに衝撃が俺の腰を襲った。蹴られたのである。


 屈みこんでいた俺はたまらずつんのめった。顔を地面にすりつける。


「痛っ」


すりむいた顔で俺がふりむくと、背後にたたずむ三つの人影が見えた。


 三人とも俺と同じ制服を着ている。同級生だ。


「稲葉晴人。相変わらず鈍臭いやつだな」


 三人のうちの一人である村上敦が嘲笑った。


 体格のいい敦は三人のリーダー格だ。ごつい肉体の上にゴリラに似た狂暴そうな顔をのせている。


「また動物とあそんでやがる」


 ひょろ長い体格の平山裕之が吐き捨てた。その蛇を思わせる目が俺のそばにいる子犬の姿をとらえている。


 それは俺が見つけた捨て犬であった。見捨てておけなくて抱き上げようと身を屈めたところを敦に蹴られたのだ。


「しょうがないだろ」


 三人め。長塚慶治がノミで切れ込みを入れたような目で子犬を覗き込むと、


「こいつには人間の友達なんていないんだから。捨て犬と遊ぶしかないのさ」


 馬鹿にしたようにいった。


 すると子犬が慶治を見上げて唸った。まるで俺をかばうように。


「なんだ、こいつ。生意気にうなってやがる」


 忌々しそうに子犬を睨みつけ、慶治が蹴りつけようと足をひいた。


「やめなさい!」


 凛とした声が響いた。はじかれたように目をむけた敦たちの顔がしかめられる。


 声の主は同級生の少女だった。冷然とはしているが、整った顔立ちの美少女といっていい。


 華奢ではあるが、制服の胸元をおしあげている双球は窮屈そうだ。


「服部結菜……副生徒会長かよ」


 敦が大きな音をたてて舌打ちした。それから敦は結菜を睨みつけると、


「なんだ? 邪魔するのか?」


「ええ、子犬を蹴るのはね」


 冷たく結菜は告げた。それは裏を返せば俺ならどうしてもいいということだ。


「いいんじゃね? 稲葉蹴ろうが野良犬蹴ろうが」


 宮崎美穂がニヤニヤしながらいった。


 彼女もまた俺の同級生で高校二年生なのだが、かなり濃い化粧をしている。唇が毒々しい赤色に濡れていた。


「そうそう」


 美穂の友人の田口恵里が唇をゆがめてうなずいた。そうすると童顔で可愛らしいはずの恵里の顔がいやに薄汚く見える。


「稲葉が虐められてんのはいつものことだから、ちょっと飽きてきてんだよね。だからどうでもいいって感じ」


 恵里が大きくあくびをした。退屈でたまらないといった様子である。


 その恵里を侮蔑の目で見やってから、結菜は敦たちに視線を転じた。


「それにしても暇なのね、あんたたち」


「はぁ?」


 敦が訝しげに眉をひそめた。


「何いってやがる。暇じゃねえよ、俺たちは」


「暇でしょ、そんなつまらない男にかかわって。他にすることないの?」


 結菜は蔑むような目を俺にむけた。


「稲葉君。あんたも、あんたよ。からまれても反抗できず、されるがまま。そんなだから虐められるのよ」


「……」


 俺には声もなかった。まさに結菜のいうとおりだったからだ。


 俺は臆病だ。傷つけるのも、傷つけられるのも嫌なのである。だから他者と接することが苦手で、反抗することなど考えもつかなかった。


 それに、どうも俺は人に好かれない傾向がある。それが友達ができない一因であるのだが、理由はわからなかった。


 反対に動物には異常になつかれるところがあった。それも理由はわからなかった。


「そうでしょ、谷原君」


 結菜はやや離れたところに立つ怜悧な顔立ちの少年に同意を求めた。


 そいつの名は谷原賢一。俺と同級生で、生徒会長だった。


「くだらん」


 賢一は吐き捨てた。野良犬を見る目を俺たちにむけると、


「虐めを行う者も虐められる者も下等な人種だ。僕は興味ないね。好きなだけ馬鹿げたことに時間を浪費していればいいさ。まあ、どのみち有意義なことなどできないんだろうからな」


「なんだと、てめえ」


 敦が血走った目を賢一にむけた。その敦にむかって子犬が吠えかける。賢一の殺気に反応したのかもしれなかった。


「うるせえな、馬鹿犬が」


 敦が子犬を蹴ろうとした。容赦ない蹴りだ。


 その瞬間、俺は飛び出していた。何故、そんなことをしたのかわからない。ほとんど無意識だった。


 あっ、と結菜が息をひいた。俺が子犬をかばったからだ。臆病者の俺がそのような行動にでるとは結菜は想像もしていなかったのだろう。


 敦の蹴りをわき腹に受け、俺は地にうずくまった。刺すような激痛が脇腹をえぐる。


 息ができなかった。込み上げる吐き気を俺は必死になって抑えつけた。


「馬鹿なの、あんた。野良犬をかばって蹴られるなんて」


 信じられないものを見るように結菜は俺を見つめ、叫んだ。俺は激痛にゆがむ顔に無理やり笑みを押し上げた。


「馬鹿じゃない。いや、馬鹿なのかな、俺。でも」


 俺はまっすぐに結菜を見返した。


「俺はやりたいことをやったんだ。それだけは間違いないんだ」


 俺はいった。本心だ。


  いつも何かにおびえ、沈黙してきた。でも、今はーーこの時は自分の心に正直になれたように俺は思った。


 俺のこたえを聞いて、結菜が息をひいた。敦の顔は怒色にどす黒く染まっている。


「なにかっこつけてやがるんだ。なら、もう一度蹴りとばしてやるぜ」


 敦が足をはねあげようとしーー。


 異変が起こったのはその時だった。突如、辺りが光に包まれたのである。


 黄昏の光が爆発したようだった。朱金の光が辺りを席巻し、俺達はあまりの眩しさに思わず目を閉じた。


「あっ」


 愕然として声は誰が発したものか、わからない。俺は浮遊感を感じた。いや、落下感か。


 吐き気をともなう気持ち悪さを俺は感じた。が、それは一瞬のことだ。


 平静の感覚を取り戻し、俺は目を開いた。そして驚くべき事実を知ったのだった。


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