第4話 公正でない法も、彼らにとっては立派な法に映る
クラスメイトが死んだ。
ある者は魔王軍との戦へ赴き、またある者は魔王軍が守るダンジョンの探索へ行った際に。
魔王軍は手に入れた情報を基に彼らを葬っていったのだ。
このことで九条惟子は精神的に大きなダメージを受け、倒れてしまった。
誰もが絶望を抱き、砦の中に陰鬱な空気が漂い始める。
死亡したのは4人。
一気にそれだけのクラスメイトが消えてしまったことで、死の恐怖が蔓延した。
しかし、それはあの5人にとっては天啓であったのかもしれない。
これに乗じて、彼らはあの計画を実行する。
畑中譲治を生贄として、5人の輝かしい未来を守ると同時に、この空気を打開するのだ。
忌まわしい裁判を起こすための準備はすでに整った。
王都より連れてこられた判事を、ジュンヤが溜めに溜めた金を用いて買収。
5人で口裏を合わせ、クミコやカタギリはかなりの報酬で友人数人にも協力してもらった。
────そして夜の8時ごろ、裁判が始まった。
畑中譲治は砦の中に設けられた法廷へと乱暴に連行される。
何人かは任務などで外しているが、クラスメイトのほとんどがこの裁判に出席し、成り行きを見守っていた。
ことがことなだけに、皆神妙な顔つきになり、場の緊張感に飲まれている。
「待て、待ってくれ! 俺がなにをしたっていうんだ!?」
「被告人、静粛になさい」
厳格な表情の不正判事が重い声を張る。
その声に圧倒されて譲治は身体を震わせ静かになった。
「被告人【畑中譲治】。貴殿は己の浅ましき欲望のために、邪悪の化身たる魔王へ情報を流した罪に問われている。わかるかね? 君にはスパイの容疑がかかっているのだ。なにか申し開きはあるかな?」
「あるに決まっています! 俺はそんなことなんてしていない! 俺はずっとこの砦の中にいた。一歩だって外にはでちゃいない。外部との接触なんて不可能だし、物品補充は兵士の人たちやリーダーを介してやってました! 本当です! 誓って裏切りはやってません!」
譲治は続けて、身の潔白を証明し続ける。
そう、すぐにでも誤解は解けて自由の身になるのだと思い、吹き出る汗を拭いながら、努めて冷静に丁寧な発言をしていった。
どうやら弁護人を立てる権利すらないらしい。
元の世界の裁判との違いに戸惑いながらも、譲治は全力を尽くした。
(くそ、もしかして神明裁判じゃないだろうな? チーズ丸呑みとか勘弁してくれよマジで!!)
ここまで潔白を証明すればもう大丈夫だろうと、心に若干の余裕が生まれたそのときだった。
扉が開いて九条惟子が入ってくる。
本来リーダーであるはずの彼女が、あらかじめこの場にいなかったのは誰もが疑問に思ったことなのだが、その異様な雰囲気に飲まれ一気に緊張感が高まった。
虚ろな瞳でやつれた顔。
フラフラとした足取りで中へと入ってくるさまは、幽鬼のようなおぞましさを醸し出していた。
「九条惟子殿。もう法廷は始まっているが……? リーダーである君が時間を守らないのは……────」
判事がそう言いかけたとき、九条惟子は虚ろな瞳から涙を流しながら呟くように言った。
「……フミヤが、死んだ」
「え?」
法廷内が騒然となる。
フミヤも高いレベルを持っていたが、それでも身体の病弱さは抜けきれなかったのか、治療施設にこもることが多かった。
彼には譲治が編み出した製法によって調合した薬を飲ませていて、ほかの僧侶クラスの生徒にもそれを教えている。
効き目は十分だった、だが……。
「薬を飲んだら……突然苦しみだして……、泡を吹いて」
「おい、それってまさか……」
九条惟子の瞳が譲治を捉える。
それに合わせて全員が譲治のほうを見た。
「……待て、待て違う俺じゃない。調合さえ間違えなければ毒になんかならないし、昨日今日でそんな急に人体に影響を及ぼすわけないだろ。俺は間違いを起こさないように注意書きも張り出したし、ほかの僧侶クラスの奴にもそれをきちんと言った! それに、今週分の薬を調合したのは俺じゃない」
譲治は今日の担当の僧侶クラスの女子を指差す。
その娘はドキリとしたように肩を震わせた。
完全な調合ミスだった。
実際の数字を間違えて、6日続けて飲ませてしまったのだ。
そして今日、その反動が一気にきた。
これが真相なのだが……。
「私は、キチンと調合しようとしました。……だけど、彼に言われました。"調合する量を変えろ"って!」
その女子生徒は犯人にされることを恐れ、譲治にすべての責任をなすりつけた。
苦し紛れの言い訳にしか聞こえないその発言に、譲治は怒りする。
「ハァ!? お前なにを言って!!」
「静粛にッ!!」
判事がジャッジ・ガベルを鳴らす。
その表情は鬼のように鋭い怒気を宿したような厳しいものになっていた。
「被告人! 君は、魔王軍に情報を流し仲間を殺させただけでなく、自らの仲間である存在を仲間を利用して毒殺した! これがどれほどの重罪であるかわかっているのかね!?」
「ま、待ってください! 違う! 俺はなにもやっていない! なぁそうだろう皆? 俺は無実だ! 誰か、誰か……!」
公正さに欠ける無茶苦茶な判決を下されそうになる中、譲治はクラスメイトたちに助けを求める。
しかしここで畳みかけてきたのは、多額の報酬によって譲治を貶めるクラスメイトたちのでっち上げだった。
「彼は密売をしてるんじゃないかって噂があります」
「治療中、彼はいやらしい目で女子を見て、嫌な手つきで身体を触っていました」
「皆が高いレベルを持っているのを妬んで、いつも陰で悪口を言っていました」
どれもこれもが身に覚えのないものばかり。
次々に語られる嘘の証言に、最初は譲治を信じていたクラスメイトたちも、譲治に疑念と憎悪の目を向け始める。
「判事! でっち上げだ! こんなものは事実ではないし、証拠にもならない! これは陰謀だ! 俺を貶めようとする誰かの企みだ!!」
「黙りたまえ!! 君のレベルは確か"3"だったね? 君のような低いレベルしか持たぬ者を貶めて一体誰にとってなんの得がある? 罪から目を背けるのもいい加減にしたまえ!」
「違う! 違うんだ!!」
思わず身を乗り出すと、近くにいた兵士ふたりに力強く抑えつけられる。
冷静さはすでに脳内から消え果て、ただ恐怖だけが譲治を興奮させていた。
「なにが、違うんだ────?」
背後から九条惟子の冷ややかな声が響く。
怒りに震えた身体から振り絞られる彼女の声は、譲治の心を力強く握った。
思わず悪寒を覚える譲治は、呼吸を乱しながら振り向く。
九条惟子の目は見開かれ、血の涙が流れていた。
「お前が……殺したんだな」
「違う九条先輩。俺はなにもしていない! 俺はいつだって皆のことをッ!」
「お前が……フミヤをぉおおッ!!」
剣を引き抜き、譲治を殺そうと駆け寄る。
神聖な法廷を穢してはならぬと、兵士数人が慌てて彼女を抑えた。
「放せッ! こいつは、こいつは殺さないとダメなんだぁああああ!!」
九条惟子も最早冷静ではない。
否、きっとこの法廷そのものに冷静さの欠片もないのだろう。
なにもかもがおかしいと感じたときには、すべてがおかしかった。
「クソ、クソッ! 頼む皆信じてくれッ!! 俺は誰も貶めていなし、誰も殺しちゃいない!! イズミ、そうだイズミ!! お前ならわかるだろう? 親友だろう!? 黙ってないでなにか言ってくれ! 俺を、助けてくれッ!」
傍聴席に座っていたイズミが無言で立ち上がる。
誰もが彼に注目した。
九条惟子も鼻息を荒くしながらも、彼を睨みつけるように制止する。
しばらくの沈黙ののち、イズミから放たれたのは驚くほどに冷たい嘘だった。
「畑中はいつも、陰で皆のレベルの高さや戦闘能力に嫉妬して、皆をクズ呼ばわりしていました。皆だけ良い思いをして、不公平だって。いつも俺やナナに不満を漏らしていました。そうだよな、ナナ」
「────」
隣りに座っているナナは黙ったまま頷く。
この証言を決定的なものとし、判事は判決をとうとう下した。
「被告人畑中譲治! 貴様を王国だけでなく、寝食をともにしてきた仲間たちをも裏切った重犯罪人として神と正義の法の下、────【処刑】する!」
「嘘だろ!? こんなの裁判じゃない! 俺は無実だ! 頼む信じてくれ! イズミ! どうしてだイズミぃいい!!」
兵士に乱暴に連行されていく譲治は、死への恐怖で錯乱状態に陥った。
ギロチンか、縛り首か、それとも焚刑か。
中世ヨーロッパにおける残忍な処刑方法が、脳内に展開していく。
安楽死は絶対にありえない。
「被告人畑中譲治は、最果ての荒原【魔女の方舟】へ永久追放とする。死よりも恐ろしい狂気に飲まれながら、短い命を堪能するといい」
「嫌だぁあああッ!! 死にたくないッ! 死にたくないッ!!」
遠方の空に暗雲が立ち込め始める。
雷を孕んだその巨怪な塊は、一夜の蛮行を嘲笑うように鳴り響きながら徐々に近づいていた。
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