復興式典、始まる
「――そろそろですね。準備はよろしいですか? リズ様、リリー様。それにカノアさんも」
「クックック! 良いに決まっておろう! 我が体に流れる大魔王の血が今か今かと出番を待ちわびて荒れ狂っておるわッ!」
「ああいいぜ。しっかしこのドレスってのは最悪だよなー。動き辛いったらありゃしない」
「む、むぅ……。またお腹痛くなってきた……」
時間は真昼のちょっと前。
今日の式典はこのお昼の開会式から、夜の閉会式までずーっと続く。
俺が皆の前に立つのはこの開会式だから、真っ先に出番が回ってくる。
もの凄く豪華なカーテンで仕切られたステージ裏からちらって覗くと、会場にはめちゃくちゃ偉そうな感じの人がぎっちぎちに詰まってた。ヤバイ。ヤバすぎる。
「大丈夫かカノア……? また私が手を握ってやっていてもよいのだぞ……?」
「い、いや……大丈夫。ありがとう」
「んーー? なあなあ、さっきから思ってたんだけどリズってカノアのこと好きなのか?」
「ぶふぉーーーーっ!? い、いきなり何を言い出すか貴様あああああああッ!?」
む、むぅ…………。
今のリリーの言葉で、俺を見上げたまま思いっきり噴き出したリズの唾とかめっちゃ顔にかかった。なんてこった。
「いや、だってお前どう見てもカノアにだけ特別優しくないか? 私にだってそこまでしないだろ」
「そうなの?」
「ばっ……!? な、ななな……何を言うか馬鹿者っ! そ、そんなわけなかろうがッ!? わ、私はどんな時でも公明正大優しさ全開の清く正しい大魔王なのだっ! こ、これも常日頃から頑張ってくれているカノアの心労をだな……ッ!?」
「でも絶対に嫌いじゃないだろ? なら好きってことでいいんじゃないか? カノアだってそうだろ?」
「それはそう」
「ぎゃあああああああああああ!? こ、この……っ! やめんかリリー! また私をからかって楽しんでいるな貴様ッッ!?」
「へへ、バレたか! リズはほんとからかい甲斐があるな」
「式典前にそれをするなと言っておるのだっ! 危うく特製の〝大魔王ツノ〟と〝大魔王ウィング〟が外れるところであったろうがっ!?」
「はははっ! だって式典とかつまんねーんだもん!」
両手をぶんぶん振り回して怒るリズと逃げるリリー。
ぽかーんってそれを見てたら、ラキが寄ってきて俺にタオルを渡してくれた。
「はいカノアさん、タオルです。これで顔を拭いて下さい」
「わ、ありがとう」
「お気になさらず、それより体調は大丈夫ですか?」
「良くはないけど……さっきよりはマシ」
「わかりました。リズ様も仰っていましたが、何かあれば無理せずすぐに言って下さい。対応します」
ラキはなんかもの凄く慣れた感じで色々してくれた。
この開会式ではまだ悪い人達は何もしないって話だけど、会場ではさっきのタナカさんやオディウムさんやナインさんも念のために見てくれてるっぽい。
リズの作戦だと、とにかく俺達は悪い人達に〝気付いていないふり〟をしないとダメらしい。
王様だったり四天王だったりするような偉い人を捕まえるには、絶対に言い逃れできないような状況が必要なんだって。
だから、とにかく俺もまずはこの式典のスケジュール通りにしないと。
まあ、それが一番難しいけど……。
でも、俺達がそんな風にステージ裏でドキドキしていると――。
「あ、ラキ君! そっちの準備はもう大丈夫?」
「はい、トルクス議長。リズ様はいつでもいけるそうです」
「そっかそっか……。僕もこういう式典はあの洪水の後はご無沙汰だから、緊張しちゃってお腹が、あいたた……」
ぼーっと立ってた俺と、ビシッと決めてるラキの所に一人の男の人が声をかけてきた。
くしゃくしゃの茶色い髪の毛に丸メガネ。
着ている白いスーツとか靴とかは見るからに高そうで、胸には〝金色のバッジ〟がキラって光ってた。
ていうか、議長……?
議長って言ってたような……。
「ふぅ……相変わらずですね。ご存知かと思いますが、今日はとても重要な日です。連邦議長である貴方にもしっかりして貰わないと困りますよ」
「そ、それはそうなんだけどね……。っと、こっちの彼とは初めてだよね。僕はトルクス・ライセンノート。このパライソの連邦議長を……あ、もしかしてもう知ってるかな? こう見えて僕って結構有名人だから――」
「……?」
「全然知らなそうっ!」
「申し訳ありません議長。こちらはカノア・アオさん。リズ様からお話のあった、〝水泳EXの所持者〟です。そしてカノアさん、こちらはトルクス・ライセンノート議長。パライソでリリー様の次に偉い人ですよ」
「そうなんだ」
「へぇ! 君がリズ様が話していたカノア君か! 聞いてたイメージとは大分違うから全然分からなかったよ!」
「さっきも言われた」
いきなりふらっと現れたひょろっとしたメガネの男の人……トルクスさん。
議長っていうと、俺のあやふやな記憶が正しければ凄い偉い人だ。
でもそういう偉い感じの雰囲気は少なめで、トルクスさんはメガネの奥の丸い目をふにゃっとさせて、俺の手を両手で何度も握って上と下に振った。
「リズ様の話が本当なら、沢山の人が君に助けられたってことだよね! ありがとうありがとうっ! まだまだ色々大変だけど、これからはぜひ君も復興に力を貸してくれると嬉しいよっ!」
「暇だったら」
「トルクス議長はリズ様の補佐役である僕と同じで、リリー様の補佐役としてリズ様とも頻繁に会談を重ねていらっしゃいました。カノアさんに似て少し〝ショボショボ〟してますが、それなりに信頼できる方です」
「あ、あはは……。まあ……ラキ君も僕も、お互い〝色々苦労してる〟のは同じだから、結構仲良しだと思うよ。うん」
「しょぼしょぼ仲間だ」
「おー! トルクスも来たか。ってことはそろそろか?」
「むむっ! どうなのだ議長よ、そうなのか!?」
「あ、はい! 今から始めます、皆さんご準備を――」
ぐるぐる回ってきたリズとリリーも戻ってきて、俺達は確認するみたいにしてお互いの目を見合わせた。そして――。
『さあさあさあ、大変お待たせ致しました! この度お集まり頂いた皆様におかれましては大変お日柄も良く――! 本日の司会進行はこの私、冒険者ギルド受付のハル・ヨルネットが務めさせて頂きます!』
「始まったな。さあカノアよ、覚悟を決めよ!」
「て、手汗がヤバイ……」
その時。分厚いカーテンの向こう側から、なんか聞き覚えのある女の人の声が聞こえてきた。っていうかこれハルさんだし……。
俺は汗でびっしょりになった手の平を見て、ヤバイよヤバイよって何度も心の中で繰り返してた。
「大丈夫……。たとえ誰の前であろうと、カノアはいつも通りのお前でいればいい。お前はただそれだけで、誰に恥じることもない立派な男だ……。大魔王であるこの私が絶対に保証する……!」
「リズ……」
「なあ、やっぱりリズってカノアのこと好きなんじゃ……」
「ほらほら! リズ様もリリー様も出番ですよ! カノアさんも頑張って下さいね!」
「……わかった。行こう、リズ」
「うむ! 共に行くぞ、カノアよ!」
俺はさっきラキから渡されたタオルで手汗を拭くと、リズと一緒にステージに向かう階段を上っていった――。
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