海の英雄
「――そういうわけだから、本当はこんな復興式典なんてやってる場合じゃないんだよ。私達はまだギリギリ〝生き残っただけ〟だ。本当に皆の生活が復興するにはこの先何十年もかかるし、世界はもう元には戻らない……。それを忘れるなよ!」
「その通りだ! 残された僅かな陸地を巡って争うようなことがあってはならない! もし争いたくても今だけは我慢せよ! 我ら魔族の力で建造した多様な設備は高性能ではあるがそれ故に繊細だ。万が一争いが起こり、壊れてしまえば今度こそ取り返しがつかん! 今は生き残った者同士で手を取り合い、共に生き延びることが大事なのだっ!」
「すごい」
開会式の大きくて綺麗でキラキラしたステージの上。
雲一つない青い空が上には広がっていて、ようやく出航した会場の船の周りを、カモメやウミネコがミャーミャー鳴きながら追っかけてくる。
開会式のステージに上がった俺は、目の前で立派に話すリズとリリーの後ろで立ってた。
なんでも、この式典の様子はリズ達の力でパライソや他の街からも見えるようになってるらしい。すごい。
ああ、でもなんかもうすぐ開会式も終わりなのかな。
さっきの議長さんの話が凄く長くて寝るかと思ったけど、この感じだと俺の紹介は最後に少しやるくらいで良さそう。
『はい拍手ーっ! 聖女リリーアルカ・ロニ・クゥ様と、大魔王リズリセ・ウル・ティオー様のお二人による歴史的な共同宣言でしたっ! いやー、聞いている私達まで感動でむせび泣くかと思うほどの名文でございましたねぇ! さてさて、続きましてはこちら――大洪水の際に多くの命を救ったという、〝海の英雄〟のご紹介になります!』
「うむっ! さあカノアよ! こっちにくるのだ!」
「む、むぅ……」
うわ、来た。
真っ昼間で凄く明るいのに、その中でも目が眩むくらいの光が一斉に俺に集まる。
俺は今にもめまいで倒れそうになりながらも、壊れた人形みたいにカクカクしながらリズの隣まで歩いて行った。超えらい。
『さあ皆さんご覧下さい! 皆さんも世界中の人々の間で噂になっていた謎の救い主……〝海の神〟や〝水の精霊〟の話はお耳にしたことがるのではないでしょうかっ! 聖女であるリリーアルカ様の力すら及ばない辺境の人々も、哀れにも逃げ遅れた人々も、動物も虫も何もかもを片っ端から助けて陸地へと運んだ謎の存在……その正体こそ!』
「ここにいるカノア・アオなのだ!」
「…………どうも」
司会のハルさんとリズの紹介を受けて前に出た俺を見て、会場中の人からなんか色んな声が上がった。
驚いたり、笑ったり、よくわからないけど……とにかく色々だ。
「ここにいるカノアは、冒険者として覚醒した〝水泳EX〟というスキルを使い、あの大洪水の日に世界中の命を救った! 大魔王であるこの私も、カノアに救われた者の一人なのだ!」
「前にも言ったけど、私の力じゃ世界中の奴ら全員を助けるなんてことは無理だった。それをカノアはやってくれたんだ! 今ここに居る奴らの中にも、気付いてなかっただけでカノアに助けられてる奴は沢山いるはずだぞ!」
『差し出がましく補足させて頂くならば、何を隠そうカノアさんのスキル覚醒を担当したのはこの私、ハル・ヨルネットですのでっ! カノアさんが水泳EXをお持ちであることも、あの大洪水の中迷うことなく荒れ狂う濁流に飛び込んだ姿も、どちらもこの目でばっちり見ておりましたっ!』
『『おーー……』』
良かった。
打ち合わせ通りだった。
開会式の前、リズは俺に言ってくれてたんだ。
俺についての話はリズやリリーがするから、俺はただ〝キリッとした顔〟で立ってればいいって……。
「今この時に至るまで、カノアは自らの力や行いが皆に混乱を与えることを恐れ、誰にも公表することなく静かに暮らしていた。しかしこうして僅かずつではあるが皆が安定を取り戻しつつある中、カノアはその力を皆のために再び行使する決断をしてくれたのだ!」
「まあ、カノアの力がどれだけ凄いのかはやったことを考えれば想像つくだろ? とりあえず今後は私や大魔王と一緒に働いて貰うつもりだから、お前らもちゃんとカノアに感謝しろよ!」
ほ……マジで良かった。
なんかこのまま終わりそうだ。
リズの言った通り、本当にキリッとした顔で立ってるだけで良か――。
「――お待ち下され」
「貴様は……ヘドロメールか」
「ホーッホッホ! 大魔王様におかれましてはご機嫌麗しゅう……! 式典の最中に声を上げた無礼、どうかお許しくださいませ……!」
うわ。良くなかった。
俺が倒れそうになるのを頑張って耐え抜いたと思った時。
会場の一番後ろの方から、杖をついた凄く顔色の悪いおじいさんが出てきた。
っていうか、この人ってあれだ。
ラキが見せてくれた〝悪い人〟の一人じゃ……。
「構わぬ。それでヘドロメールよ、貴様には何か言いたいことでもあるのか?」
「ホヒヒ……! いやはや……実はこのヘドロメール、今の大魔王様やそちらの聖女の話をお聞きして、一つ妙に思いまして……!」
「チッ……! 回りくどい奴だな。もっとズバッと言えよズバッと!」
あわわ……。
おじいさんはコツンコツンって杖をつきながら歩いてくる。
そしてぎょろっとした目でリズやリリーを見た後で、俺のことをギロリって睨み付けた。
あ、あまりにも怖すぎる。
貧血で倒れそう。
「これは失礼……! ならば単刀直入に申し上げましょう……! お二人はそこに立つどこの馬の骨とも知れぬ木偶の坊の人間が英雄だと言われるが、果たしてその〝証拠〟はおありでしょうかな?」
「なに……?」
「このヘドロメール、ご覧の通り体は酷く老いさらばえましたが、老いれば老いるほどこの二つの眼には様々な物が映るようになりました……。我輩の目には、そこのカノアとかいう男は全くの無能……! まともに人前で話すこともできぬ〝ダメ人間〟にしか見えませぬ! それが多くの命を救った英雄などと……証拠もなしには到底信じられませんなぁ……?」
「…………」
ダメ人間――。
そういえば……人からそう言われたのは結構久しぶりな気がする。
でも、俺がぼんやりとそんなことを考えていた、その時――。
「カノアが、ダメ人間だと……?」
その時、俺のすぐ横に立っていたリズが凄い低い声でそう言って、それと一緒にその長い髪の毛がぶわって広がった――。
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