式典当日の男
「ば、馬鹿な……っ!?」
「なるほど?」
「……?」
なんだこれ。
なんでリズもラキも、俺のことをじっと見て固まってるんだ……?
今日は前々から言われてた式典の当日。
時間はもうすぐ朝が終わるくらい。
外からは今も沢山の打ち上げ花火の音が響いてる。
部屋の中にいる俺もなんだか落ち着かない。
着せてもらったこの黒い服もなんか窮屈。
特に首の周りが苦しい。
今日も苦手な早起きを頑張った俺は、リズに連れられてやってきた式典の控え室で、用意されてた服に着替え終わったところだった。
「あの……?」
「見違えましたよカノアさん! 馬子にも衣装とは言いますけど、カノアさんは元々体格もいいですし、ちゃんとした服と髪型にすればショボショボしなくなるんですね! リズ様もそう思いませんか?」
「え……? は……!? た……確かにラキの言う通りだなっ!? あまりにもカノアの雰囲気が違うから、私もつい見とれて……あ、いや違うっ! その……あまりの変わりっぷりに驚いたのだ! そ、そもそも普段のカノアは前髪で目が隠れているのがいかんっ! 今のように前髪を上げるだけで随分と凜々しく……って、違っ! と、とにかく……っ! 私は今のカノアはとても良いと思うぞっ!?」
「そうかな……それならいいのかな」
「良いに決まっておろうが!? カノアは元々結構な男前なのだから、いつもそうしてても良いのだぞ! 自信を持つのだっ!」
「そうなの?」
「き、聞き返す奴があるか馬鹿者っ! 自分で鏡でも見てみれば良かろうっ!?」
そう言うと、リズは腕を組んでぷいと横を向いてしまった。
なんか怒らせるようなこと言ったかな……。
「ラキ様のご指示通り、採寸から生地選びにデザインまで、我々魔族の持つ服飾技術の粋を集めてこの日のために仕立て上げさせました。大変お似合いですよ、カノア・アオ様」
「本当に素晴らしい働きぶり、ご苦労でした。正直、僕もここまでカノアさんの印象が変わるとは思ってませんでしたよ」
「あの……どうも……」
「ご満足頂けて良かったです。私共も式典中は常に控えておりますので、何かあればすぐにお声がけ下さいませ」
「う、うむ! いつもありがとうなのだっ! もうすぐしたら私の服も頼むぞ!」
「ふふっ。お任せ下さいませ、リズ様」
俺の髪型をセットしたり、服を直したりしてくれた魔族の人はすっごい丁寧に頭を下げてから、静かに部屋を出て行った。
すごいな……。
こんな世界、本当にあるんだな……。
「今回は、初めての衣装合わせがあったカノアさんを先に済ませましたけど、リズ様と僕ももう少ししたら準備に入ります。ただその前に、事前に今回の式典についてもう一度確認しておきたいのですが……」
「そ、そうだな!? ク、クックック……! 良かろう! 大魔王であるこの私には当然そのような説明は不要だが、恐らくカノアはまた綺麗さっぱり忘れているだろうからな!」
「綺麗さっぱり忘れた」
「ま、まあ大丈夫です。心配しなくても、きっとそうだろうと思って僕も準備してきましたから!」
三人だけになった部屋の中で、ラキはテーブルに光る板を置いた。
そこには式典の場所とか……とにかく色々映ってるっぽかった。
「まず今回の復興式典は、人族と魔族が大洪水の後に流れ着いた資材と魔力を集めて建造した大型客船……〝ハウラニ号〟で行われます。そこまでは大丈夫ですよね?」
「パライソではしないんだ?」
「ちょ……!? この時点でもう覚えてないんですか!? 一体どれだけ聞いてないんですかカノアさん!?」
「ごめん。早起きしてると全然だめ」
「全然ダメじゃないですよっ! どうしよう、時間足りるかな……」
「まあ良いではないかラキよ! カノアに関してはいつものことだ! ここからは私が説明してやろうではないか!」
なんかまた俺のせいで迷惑かけちゃうかなと思ったその時。
頭を抱えるラキを遮って、リズが前にぐいっと出てきた。
「なあカノアよ、貴様とラキが以前インフィニットギャラクシーエビを回収しに魔王城に行ってくれたことがあっただろう? あの時、我が魔王城の宝物庫は開いていた……そうだな?」
「それは覚えてる。凄いめちゃくちゃに壊れてたから」
「そうだ。そしてそれはつまり、誰かがカノアやラキよりも先にあの〝宝物庫に侵入〟したと言うことだ。そこに居たというクイズ好きのスキュラではないぞ? 奴がインフィニットギャラクシーエビ以外の宝を持ち去ったのなら、あの場でラキが見破っていたはずだからな」
「そうですね。あのスキュラが持っていたのは、間違いなくインフィニットギャラクシーエビだけでした」
「ほーほー?」
リズはそう言って、ちょっと嬉しそうに説明してくれた。
さっきまでなんか恥ずかしそうにしてたのに。
本当にリズはころころ気持ちが変わるんだな……。
「だからな! 私はこの式典までの間に四天王や人間共の聖女とも協力してその犯人を捜したのだ! そしてちゃんと見つけたっ! しかもその不届き者共がどんな悪巧みをしているかもばっちり把握済みっ! だからこそ、今回の式典は万が一そいつらが暴れても大丈夫なように、わざわざ船を作って街から離したというわけだ!」
「すごい。もう犯人も分かってるんだ?」
「はい。ですがリズ様はそこでお考えになったのです。あえて犯人達が動く寸前まで泳がせ、言い逃れできない状況で一網打尽にできないかと……」
「え? それは……なんか危ない気がするけど……」
「まぁな……だからこその〝この船〟だ。ここならば最悪計画の発動を未然に防げずとも、街そのものや無関係な者への被害は防げる。それに今回は、聖女を初めとした人間側の有力者とも緊密に協力して進めているからな。私の計画に抜かりはないッ!」
「むぅ……」
なるほど……。
俺がどうしてこの辺りの話を忘れてたか分かったぞ。
怖いし、話が難しいからだな。うん……。
けど、流石に今回はまた忘れたらやばい気がする。
俺がぼんやりそんなことを考えていると、リズはニヤって笑いながら突然立ち上がって、机の上に置いてあった大きな角をちゃんと被り直してから、パンパンって手を叩いた。
「そしてカノアよ……! 私の大切な友にして、命の恩人である水泳EXの男よっ! 貴様には我ら魔族が誇る〝四天王〟と共に、今回の一網打尽計画の一翼を担って貰わねばならんっ! さあ入ってくるが良い! 最悪にして災厄の使徒っ! 魔族四天王よ――!」
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