第四章

特訓した


「さあカノアさん! 次はバタフライです!」


「むぅ……こ、こうかな?」


 朝。

 そう、朝なんだ。


 まだ日も高くない立派な朝。

 俺はパライソからちょっと離れた海の上で、一生懸命泳いでいた。


「ぬわーーーー!? す、凄いではないかカノアよ!? 貴様の水かき一発で天にも届く勢いの水柱が立っているではないかっ!? 高波がこちらにもくる! 大魔王クルーザー緊急退避だ!」


「お見事です、カノアさん。特訓の成果が出ましたね」


「もう寝てもいいかな……」


 ラキから言われた変わった泳ぎ方をいくつか試した俺は、俺の泳ぎでぐるんぐるんに渦を巻いている海からリズの船にぴょんと飛び乗る。


 雲一つない青い空からは俺が吹っ飛ばした水がザーーって滝みたいに降ってきてて、リズの乗ってる白い船にバチバチ当たってた。


「お疲れ様なのだカノアよ! しかしまさか、ここ最近ラキと二人でこのようなトレーニングをしていたとはな……! 道理でいつも私が起こしに行っても既に起きていたわけだ! ずるい! 私も一緒にしたかったぞ!」


「申し訳ありませんリズ様。式典の準備でお忙しいリズ様の手を煩わせたくありませんでしたので」


「本当にずっと毎日やってた……死ぬかと思った。早起きで……」


 船の上に飛び乗った俺に、リズは大きな傘を差しながらバスタオルを渡してくれた。隣のラキはリズが前に持ってた〝光る板〟をつんつんししてる。


 うん……本当に大変だったんだ。


 今回は朝七時に起きて泳いでたけど、漁師は夜が明ける前から海に出るから、やっぱり俺には漁師は無理だなって思った。


「カノアさんの持つ〝水泳EX〟には不明な点が多すぎます。この力で何が出来て、何が出来ないのか……それをあらかじめ知っておくことは、リズ様だけでなく、カノアさんご自身にとっても必要なことです」


「むむむ……。それはそうだが……カノアは大変だったのではないか? 一応私とカノアは雇用関係を結んではいるが、手伝って貰っているのはいつも私だから、なるべく無理はさせたくないのだが……」


「優しい……」


「ダメです。リズ様がお優しいのはいつものことですが、この件に関してはそのような態度では困ります。前回の〝宝物庫の件〟もありますし……それにこのトレーニングに関しては、カノアさんにも同意を得た上で行っていますから」


「なんだと!? カノアがラキに無理矢理連れ回されているわけではないのか!?」


 ラキの言葉を聞いたリズは、びっくりしすぎて手に持った傘を落として、ついでに頭につけた大きな角も落とした。そんなにびっくりするんだ……。


「ん……いや、その……。大変なのは嫌だけど、水泳EXについてはラキの言う通りだなって思って……。それで俺が怪我したりするのも嫌だし……」


「か、カノアが自分からそのようなことを言うとは……。まさか、なにか悪いものでも食ったのか!? それとも、この洪水によって解き放たれた未知のウィルスにでも脳をやられたのでは!?」


「……そんなことありませんよリズ様。カノアさんは、これからもリズ様のお力になりたいそうです。確かに色々大変でしたけど、こうして〝復興式典〟の開催より前にリズ様に成果をお見せすることも出来ました。どうぞ、苦手な早起きを頑張ったカノアさんを褒めてあげて下さい」


「そ、そうなのかカノアよ!? 貴様、本当にそんな殊勝なことを考えて!?」


「むぅ……まあ……うん……」


「マジか!?」


 元から驚いてたリズだけど、俺のその言葉を聞いたらそこから更に小さな口をあんぐり開けて、マジでなんとも言えない凄い顔になった。


 というか……この前のお城でラキから聞いたリズの話。

 俺が怪我をしたりしたら、リズが泣くかもっていう奴。


 正直、俺はずっとダメ人間で……親からも居ない方がマシだって言われてた。


 だから、ラキから〝リズは俺に何かあったら悲しむ〟って話を聞いた時は凄くびっくりしたし、人からそう思われるのって、〝大変なんだな〟って思った。


 だって……俺なんて別にどうなっても迷惑なんてかけないって思ってたのに。

 誰かがそれで嫌な気持ちになるなら、もっとちゃんとしないといけないから。


「……分かった。ありがとうカノア。貴様のその気持ち、私もとても嬉しいぞ……!」


「そんな大げさなことじゃ……」


「いーや! これは大切なことだぞ! ラキの言う通り、今までの私は命の恩人であるカノアに遠慮していたのかもしれん! しかし私とカノアは雇用や貸し借り以前に、とっくに立派な友達なのだっ! そうだろう!?」


「そうなのかな……そうかも」


「うむっ! だからこれからは私も遠慮せず、カノアが私にしようとしてくれているように、私もカノアのために色々してやろうではないかっ! 貴様がいらんと言ってもするからな! 光栄に思うがいいぞ! フハハハハハ!」


「ふふ……良かったですね、カノアさん! 頑張ったかいがありました!」


「ん……それはそうかも。ラキも手伝ってくれてありがとう。でも……今日はもう帰って寝たい……」


「うむうむ! いよいよ明後日は復興式典当日だからな、私もラキも忙しくなる! 今日と明日は特別休暇をくれてやるから、カノアもしっかりと休んで英気を養うのだっ!」


「え……?」


 ん?

 おかしいな。


 なんかそのリズの言い方だと、俺もその式典の日になにかするみたいな……。

 そういえば……前になんか言われてたような。


 ラキとの早起きでぼーっとして聞いてなかった……。


「まさか忘れたのか? 今回の〝式典のメイン〟は貴様だぞカノアっ! 世界中の命を救った海の英雄の姿を、今こそ世に知らしめてやるのだッ! ナーッハッハッハ!」


「は?」


 すごい勢いで反り返って笑うリズ。

 でも俺はそのリズの言葉に、くらくらと目眩がして気が遠くなるのを感じた。


 だって、絶対に準備とか大変そうだから――。


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