第4話 喫茶店
樋口さんの連絡先を交換した次の日、僕は勇気を振り絞ってメッセージを送る。異性と文字でのやり取りなんてした事なんてないし、緊張する。
『そういえば最初の教室でアリスと喧嘩してなかったっけ』
『その日のご飯買い忘れたから』
『ご飯食べるんだ』
『マシュマロが好きみたいで毎日食べてる』
人形なのに食事をするのか。あの小さな身体でマシュマロにかぶり付く、何それめっちゃ気になる!
『見てみたい!』
『別に良いけど』
『今度会ったら見せてよ』
『アリスの事好きなの?』
『だって動く人形って不思議じゃない?』
『そうかもね』
返信はまちまちではあるけど、無視されたりはしないから、返信を待つのも楽しかった。
「おーい、あにきー」
「うわぁぁああああああ!!!?」
「何スマホ見てニヤニヤしてんのさ」
「僕の部屋に入るときはノックしろっていつも言ってんだろ!?」
「だってノックすると入れてくれないじゃん」
「だからだよ!」
「面倒くさいなぁー」
僕には一つ下の妹がいる。
春夏冬小春。昔から突拍子のない事をしては周囲を騒つかせる天才だ。僕の学校でも度々問題児として話題となる。
所謂不思議ちゃんだ。意外とズボラで真面目なところもあるのだけれど。
「あにきー、ジョジョ全巻借りてくなー」
「......1日で全部読むのか?」
「いや、友達に貸す」
「帰ってくるんだろうな、それ」
「まぁ、大丈夫でしょ」
「そう言ってお前に貸した物帰ってきた事ないんだけど」
「もー良いでしょ」
「絶対返せよ!?」
「わーかったって」
妹が紙袋に漫画を詰めていく。
僕は問題児に警戒しながらも、スマホを覗き見る。こいつにバレたら面倒だ。
「そういえば小春」
「んー」
「お前オススメのいいカフェとか知らない?」
「どしたの、急に」
「いや、別に?」
「彼女でもできた?」
「出来てない」
「え、嘘。お兄ちゃん好きな人いるの!?」
「出来てない」
「うんうん、そうなんだね。おにぃってばいつも荒川さんと一緒にいるからてっきりホモなのかと思ってたよー」
「違う、それは本当に違う」
「よしじゃあ分かった、私に任せないさい!」
その晩、僕は樋口さんメッセージ送った。
『一緒にカフェとか行かない?』
*
人生で初めてのデートだ。
とは言ってもストーカー対策を話し合うだけの予定なんだけど。あのメッセージを送ったときはデートかと疑われて断られそうだったので無理やり理由をこじつけでお願いした。
駅前で待ちぼうけ。張り切って30分も早く来てしまった。
「......身だしなみ変じゃないよね」
妹にもバッチリプロデュースしてもらってOKサインが出たので信じるしかない。
「千秋君?」
「ヒァイ!?」
「やっぱり。ごめん、待たせちゃった?」
「いや今来たとこ」
「一応、30分前なんだけど」
「樋口さんも早いじゃん」
「人より後に来るの嫌だから。あとアリスが会いたいってうるさかったから」
「そ、そうなんだ」
ヤバい、目の前にいるには私服姿の樋口さんな訳で、ふだん制服姿しか見慣れていないのでドキドキが収まらない。なんか普段より大人びて見えるというか、可愛らしい格好じゃないのが凄いギャップがある。
「......どうしたの?」
「その、私服姿見たの初めてだったから、ちょっと驚いちゃって」
「なにそれ」
「似合ってると思ってさ」
「......なんか、キモい」
「えぇ酷い、本当にそう思ったのに」
「言っとくけどこれ、デートじゃないからね」
「うん、対策会議でしょ?」
「じゃあさっさとカフェに連れてってよ」
「わ、分かった」
カフェに向かう道中、沈黙に耐えられなくて色々質問してみた。
「アリスさんって今日は来てるんだよね?」
「鞄の中に入ってる。街中で出す訳にはいかないから」
鞄の中から「アリスは此処にいるのー!」と聞こえてくる。
「後でよく観察させてよ」
「まぁ、良いけど」
「......樋口さんって他の人と出かけたりするの?」
「友達とかとはよく遊びに行くけど、男の子に誘われたのは初めて」
「そ、そっか。あとぉー、その。なんか学校と時と僕の対応違わない?」
「なにが?」
「その、当たりが強いというか」
「別に、気のせいじゃない?」
「学校で“アンタ”とか呼ぶの僕以外に見たことないんだけど」
「うるさい!殺すわよ!?」
「ごめんなさい」
なんか怒られた。
ひどい。
「逆にアンt......千秋くんは誰かと出掛けたりするの?」
「うん?ああ、荒川とはよく遊んでるかな。他も男ばっかりだけど」
「そう......」
「だから、正直言うと緊張してる」
「し、知らないわよ!」
「樋口さんは緊張してないの?」
「してるに決まってるでしょ!?」
「だよね!?」
「あぁ〜、なんでよりにもよって初めての異性とのお出掛けがアンタなのよぉ」
「バカにしてる?」
「こういうのはムード?とかいうのが大切なのにぃ。最悪」
「ご、ごめんなさい」
樋口さんも意外と僕と同じで緊張しているのが分かって安心した。正直そういうムードとかよく分からないし。
「というか!緊張するなら何でこんな事に誘ったのよ!」
「そりゃあ......」
デートしたかったから。なんて赤裸々に語れる訳がない。勿論それだけでは無いのだけれど。
「協力するって言ったからにはなんか行動したくて」
「それは......その、ありがとう?」
「なんで疑問形なの」
「分かんない」
「えぇ......」
「もーー!カフェはまだなの!?」
「もうちょっとだから!」
*
カフェに到着した。
小春曰くここは街中でもかなりの穴場らしく、あまり混まないし、落ち着いた雰囲気の店内は最高の空間とのこと。
入店すると席はほとんど空いていて、店員以外に客は見えない。適当にテーブル席に座る。
「コホン、じゃあ本題に入るけど」
「え、その前にちょっとパフェ頼んで良い?」
「なんでよ!?」
「だってこういう所で男一人でパフェ頼むのなんか恥ずかしいし」
「すっごいバカみたいな理由ね」
「樋口さんの分も奢るから、お願い!」
「......じゃあ、良いけど」
店員に特盛カフェ2つと珈琲を注文。樋口さんは紅茶を頼んでいた。
「一番高いパフェなんて、なんか変に気前いいのね。不気味」
「やっぱり僕に当たり強いよね?まぁ、良いんだけど。というのもさ、樋口さんってもうすぐ誕生日なんでしょ?」
「なんで知ってるの?キモいんだけど」
「森川さんに教えてもらったの!」
「あの子......なんか凄い今日の事推してくると思ったらそういう」
「はは......僕もめちゃくちゃ沢山樋口さんについて教えてもらっちゃったんだけど」
「はぁ、全然そういうんじゃ無いのに」
「だから謝罪も込めて食べてよ」
「分かった」
程なくして、パフェが届き、僕たちは本題に入っていく。随分とここまで長かった気がするけれど。
「アリスを出すのー!!」
鞄から叫び声が聞こえる。
「あ、ごめん。忘れてた」
「酷い!すっごく酷いの!でもアリスも鬼じゃ無いの。パフェで許してあげるの」
アリスはそういうと僕のパフェにかぶり付く。
「おい、バカ!」
「ん〜〜ほっぺたが落ちそうなの」
半分ぐらい食べられた。
こいつ絶対許さない。今度マシュマロ食ってたら絶対奪い取ってやろう。
「......コホン」
茶番はさておき、そろそろ本当に本題に入ろう。
「樋口さん、ストーカーってものが無くなったりとかなんだよね」
「そうね、物がなくなったり、何か付けられてる感じというか」
「具体的に何が無くなったかとは?」
「最初の頃は小物類が多くて、流石に全部は覚えて無いんだけど。ヘアゴムとかリップとかが無くなってて、それでもその時は無くした程度にしか思ってなかった。けど最近はどんどん大きいものになってきて、流石に確信したって感じ」
「最近盗まれたのは?」
「内ばき。新しいの買う羽目になったわ」
「うわ......最悪だ」
「絶対に見つけ出したらぶっ殺すわ」
「いつ頃から?」
「2か月ぐらい前から。最近になって大胆になってきたから確信に至ったのよ」
アリスが「だから私がきたのー」と言ってくる。どうやら最近の出来事ではあるようだ。
「なんか、聞いてる限り警察沙汰だよね」
「大事にはしたく無いのよ。ストーカーの件も森ちゃんにしか話してないし」
「森川さんか」
「なんか貴方も知ってるみたいだけど」
悪態を突く彼女を無視して話を続ける。
「それに普通は警察に相談するべきと思うけどさ、今の僕はそれで良いとも思うんだ」
「ん、どういう事?」
「前に監視カメラを仕掛けたって言ってなかった?」
「言ったわね。ロッカーは開けられていないのにヘアゴムの数は減っていた」
「僕が思うに、犯人は僕と同じ能力者的な存在だと思ってるんだ。内ばき程の物まで盗むなんてバレない訳がない。リスクがあり過ぎるよ。でもそんな大胆なことをしてもバレないとしたら?」
「盗み放題って事?」
「うん、魔法みたいな力で足がつかないなら警察が捜索しても絶対特定できないし」
「......最悪ね」
「だからこっちも犯人にバレないように探すのが一番良いと思う」
「なるほどね」
「で、どう探して行くかなんだけど」
僕はみってきた鞄から小さなチップを取り出す。
「何これ......クルマのキーホルダー?」
「GPS」
「じーぴー......あー、それって浮気対策にする奴?」
「なんか、すごい変な覚え方してるね......」
「つまり、それを盗ませるって事?」
「まぁ、そういう事かな。具体的にはポーチとかの入れ物に入れたり、キーホルダーにして偽装するとか、靴とかの中敷きに薄い奴を入れたりなんかもう考えたんだけど」
「それで盗まれた場所を特定すれば、犯人が分かる」
「そういう事。ちょっと地味なやり方だから時間はかかるかもだけど」
「やってみる価値はありそうね」
「うん、どう?この作戦」
「うーん、賛成ではあるんだけど。このじーぴーえすって結構かかるんじゃない?それにキーホルダー型とか色々用意するとなると何個もいるんじゃ」
「いや、大丈夫。そういうの作るの得意な人が身近にいるから、頼んでみるよ」
「そ、そう?多少のお金なら用意するんだけど」
「いや、本当に大丈夫だから。あ、あとオーダーメイドだから違和感ないように好きなの作ってもらえるんだよね。要望あったら教えて欲しい」
「そ、そう?じゃあ......お言葉に甘えようかな」
「良かった」
そんなこんなで僕が徹夜で考え思いついた作戦は無事採択される事になった。もしもダメだった場合は僕が能力を乱用して他人に探りを入れる予定だったので随分と楽になったみたいだ。
「じゃあ、後で違和感無さそうなGPSの要望送っておいてよ。出来上がり次第また連絡するから」
「わ、わかった」
「......ねぇー、難しい話ばっかでつまんなーい」
おおかた話終わった頃にアリスが根を上げる。
「ご、ごめんねー......って僕のパフェ全部食べた!?おい、僕まだ一口だけしか食ってないんだけど!」
「ソンナコトナイノ-」
「そっぽ向くなぁ!」
樋口さんの方を見やる。まだ7割ぐらい残ってるじゃないか。
「いや、見てもあげないから」
「......はい」
僕の奢りなのに。
「アリス、こっちこい」
「さんをつけるの」
「黙れぇ!」
僕はアリスを掴むとほっぺを思いっきりぷにぷにする。
「やめろォーなの!!」
「うおぉ!人肌みたいにリアルな感触がするぞ!」
「ッ!良い加減にするの!」
僕の珈琲が宙に浮き、顔面に飛んでくる。
「あッツッ!!!!」
「がははは!苦しむと良いの!」
「何やってんの、バカみたい」
樋口さんがクスッと笑みを浮かべる。
引き攣っていない純粋な笑顔だ。今日一番良い笑顔だった物だから、少し見惚れてしまった。それが俺の醜態で笑ったのは癪なのだけれど。
後はアリスとふざけたり雑談をしたりして、樋口さんがパフェを食べ終わるまで楽しんだ。会計の値段で泣きを見ることになったけれど 間違いなく最高の休日だったので、良しとしよう。
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