第5話 ゲーセンデート!?

「こはるー、チョッチ頼みごとがあるんだけど」

「何さぁ......というかノックしろー」

「お前もノックしないじゃん」

「私は乙女なんだか」

 妹の部屋に無断で入る。年頃の女の子の部屋とは思えない光景がそこにはある。

 書き殴った設計図らしき紙やネジとかスパナとか。工場にあるような工具ばかり。部屋は散らかっていて歩くのすら大変なくらいだ。

「しかしさぁ、厚底ブーツないと入れない部屋ってどうなんよ」

「知らないよ。別に不便でもないし」

 そう、妹の部屋はガレージなのである。こと技術者としては超天才級な僕の妹は、その才能を買われて父さんに特注でこの部屋を作ってもらった。問題児とはいえども、優等生の僕なんかよりずっと将来有望なのである。

「なぁー、作って欲しいものあるんだけど」

「んー、なに?」

「かくかくしかじか、なんだけど」

 妹に樋口さんのことを伏せて話す。

「んー、やだ!」

「そこをなんとか頼むよ〜小春もーん」

「もう仕方ないなぁ〜って、誰が未来から来たたぬきロボットじゃ!」

「本当に頼む!材料費は出すから!!!」

「ん〜、でもなー」

「ハーゲンダッツ1ヶ月」

「ん〜〜〜!!!!!」

 悩んだ小春は指を3本立てる。

「......3ヶ月?」

「うん」

「太るぞ?」

「あーあ。いーんだ、そういう事言って」

「そんな事ありません!いつも細身な小春ちゃんには多少体重が必要なのではないかとずっと思っていました!!!!」

「分かればよろすぃー」

 とりあえず、小学生の頃からコツコツ貯めていた僕の貯金は全て無に消えそうだ。





「あびゃぁー」

 樋口さんにGSPを渡してきた。

 想定していた何倍も僕の懐に大ダメージだった。身内だし多少安くなるだろうという甘い考えは簡単に砕け散った。本人曰く流石に安くしたらしいのだけれど。

「......ゲーセンに行きたい」

 無性にそう思った。

 たった今金欠になったのに、お金を使うゲームセンターに行きたいなんて意味がわからないかもしれないが、僕も分かっていない。

 一種の破滅願望。散財が散財を呼ぶ負の連鎖。でもふとそう思った時、僕の足はすでにもう行動に移していた。



「久しぶりだ......」

 地元のゲームセンター。騒がしいとも取れる電子音が絶え間なく木霊する店内に、気持ちが高揚する。小学生の頃に狂ったように遊びに来たのだが、最近は全くと言っていいほど来ていなかった。

『懐かしい』

 その気持ちだけが今の僕の全てだ。

 今日は全てのことを忘れて楽しもう。

 そう心に誓った。



「まずは、ここだよな」

 僕は格ゲーコーナーに真っ先に向かう。ここのゲーセンは昔から星野宮でも強いプレイヤーが集まる。ここで上手いプレイヤーは県でも有数のレベルと言えるだろう。昔から交流場所として僕も足を運んでいた。

 僕はゲーム機に座ると対面の機体に相手が座るのを待った。

「お、新入りか?じゃあおじさんが相手になっちゃうぞー」

「お手やらかにー」

 初戦は昔から入り浸っている無職のおじさん、だった。小学生の頃からよく遊んでいたのだが、流石に数年も経ってるのか僕のことは忘れているようだ。

「......!」

 大戦の結果から言えば僕の圧勝だった。

「君、そのプレイング......もしかして神童の千秋君か!?」

「お、思い出しました?」

「勿論だよ!小学生ながらここでもトップレベルの実力だった君を忘れる訳無いじゃないか!」

「照れるなぁ......」

「じゃあさ千秋くん、せっかくだからあの子を倒してくれよ!」

 おっさんが指差したのは長蛇の列が出来た機体だった。その列を捌いているには、一人の少年だった。

 キャスケットという帽子だっただろうか。少し可愛らしい帽子を深く被り込んで、精密機械のように無駄のないコマンド入力で対戦相手を粉砕する姿が、そこにはあった。

「最近このゲーセンに突如としてやってきて、怒涛の連勝数を誇っているんだ」

「僕の記録は抜かれたの?」

「ああ、君の297連勝はもう彼女の記録に越されてしまった」

「ふーん......道場破りって奴か」

 正直に言って小学生の頃は所謂ライバルというものが居なくて飽き飽きしていた頃があった。だが時が経った今、僕は久々に対抗心が湧いてきた。

 長蛇の列を並び、僕の番になる。

 少し背伸びをして、指を鳴らす。

「よし、お手並み拝見だな」

 対面の動きは教科書のように丁寧で正直なプレイングだった。その無駄のない動きは生半可なプレイをする中級者相手ならボコボコに出来るだろう。でも、それで倒されるほど僕は甘くない。

 まともに攻めの駆け引きをすれば丁寧な彼女には通じない。僕は敢えて意味不明な動きを多く取り入れて攻撃する。一見すれば下手なプレイだが、どうやら相手にはそれが効いたようだ。僕の意味不明な戦い方に焦り、手を出してきたところにカウンターを入れていく。

「......ッ!」

「よし、よゆ〜」

「ま、負けた?364勝で終わったのか?」

 観客が一斉に沸いた。僕の周りに歓喜の声が聞こえてくる。


「ーードンッ!!!」


 対面から機体を強く叩く音が聞こえる。

 そうだろう、そうだろう。負けるというのはとっても悔しいものなのだ。僕にだって経験がある。

 でもな、

「おいおい、台パンは辞めた方がいいんじゃないか?」

「......もう一回」

「んー、でも順番が」

「もう一回!!」

 突如として2回戦目が勃発する。とはいえこと格ゲーに関しては売られた喧嘩は買う主義だ。僕は機体に再度座る。

「......ッ!っく!!」

「はい、これで詰み〜」

 冷静を欠いたのか、さっきよりも動きが読みやすい。これは良くない。

「なんで......」

「駆け引きに動揺しすぎ。簡単に読める」

「もう一回!」

「えぇ......」

 それから何回も対面の少年が満足するまで対戦を繰り返した。最終的に凄い悔しそうな顔をした少年が僕の席までやってきた。涙目になっているのを見るとやったなぁと反省心が生まれてくる。

「............グスッ」

「ごめん、久しぶりだったから僕も張り切っちゃってさ」

 僕はその少年に握手を求める。

 その時、僕は初めてその少年の顔を良く見ることになる。ゲーセンなんてあんまり明るい空間ではないし、“彼女”のキャスケットは深く被り込んでいて、正直あんまり見えなかったから、少年だと思い込んでいたし、ましてや知り合いなんて考えもしなかった。

 握手をした瞬間、僕も彼女もまるで時が止まったかのように硬直した。

「あぁぁぁああああああ!!!!!!」

「きゃああああああああ!!!!!」

 目の前で泣きべそを描いていたゲーム少年の正体は樋口さんだったのだ。





「さいあく......本当に最悪」

「ごめんって、というか樋口さんゲームとかするんだ」

「別に......普段から森ちゃんに連れてこられたりしてるだけ」

「にしては上手くない?」

「うるさい」

 絶対ゲーセンに通い詰めてるんだ。

「僕も久しぶりに来たんだよね」

「ねぇ」

「ん、なに?」

「あの格ゲーのフレンド教えなさい」

「あ、なに?掘り返すの?その話」

「移植版やってるんでしょ?」

「まぁ、やってるけど」

「じゃあ教えて」

「まぁ、良いけど」

 LIKEに僕のゲームフレンドIDを送っておく。

「交換するって事は今度一緒にやってくれるって事でいいの?」

「......まぁ、不本意だけど」

「えぇ、嫌なのしたいのどっちなの」

「うるさい!」

「酷い」

 踏んだり蹴ったりじゃないか。

「ねぇ、アンタ音ゲーとかはするの?」

「まぁ嗜み程度には、するけど」

「じゃあ一緒にしなさい」

「わ、分かったよ?」

 状況が掴めないまま連れられたのは足踏みダンスで競い合う対戦ゲームだった。

「これ」

「う、うん」

 訳も分からずプレイが始まる。正直この手のゲームにはセンスが無いのか、全く出来なかった。そして隣ではフルコンボを叩き出した樋口さんが立っていた。

「やったーーー!!!!私の勝ち!」

「......いや、性格悪」

「なによ!」

「初心者相手にイキるのはちょっと......」

「勝ちは勝ちだもん!私だけ負けっぱなしじゃあ性に合わないの!」

 負けん気が強い事で。

「良いでしょ!?別に!」

「うん、良いけどね?」

 何というか、また彼女のイメージが崩れた瞬間だった。勿論良い意味で、今の曇りのない嬉しそうな表情は輝いて見える。

「なんか、今のやり取り凄いデートしてるみたいじゃなかった?」

「はぁ!?」

「だって、そうじゃない?休日にこうやって遊んでると他の誰かに見られたら勘違いされそうじゃない?」

「違うから!」

「いや、そうなんだけど」

 たまたま偶然出会っただけだ。

 僕的にはデートでも良いんだけども。

「もういっそ一緒に遊ばない?」

「何でそうなるのよ!」

「僕も久しぶりにゲーセンに来たからさ、一緒に遊べる人がいたらなーって」

「それって、デートしたいって事?」

「まぁ......はい。そうです」

「なにそれ、ちょーダサいじゃん」

「駄目なら一人で回るから、今のは忘れてよ」

「......なんかそれ断ったら私があたかも凄い薄情者みたいになるわね」

「いやいや、そういう訳じゃない」

「......まぁ、千秋くんにはこの前のパフェの一件もあるし、一回ぐらいなら良いけど」

「やったー!」





「それにしてもいっつもその格好で来てるの?」

 彼女の格好は随分と地味だ。僕が少年と見間違えるほどには。とても女子中学生がする格好には見えない。

「一応バレたくないし、あんまり学校の人も来ないけど」

「じゃあ今の状況もバレないか」

「じゃなかったら絶対了承しないから」

「あはは、そっか」

 そんな話をしながらまず着いたのはクレーンゲームだった。

「クレーンゲームってどうしても取れないイメージしか無いわよね」

「まぁまぁ、見ててよ」

 僕は良さそうな機体を見つけて、1コイン入れる。僕は置かれているぬいぐるみを無視して、奥に飾られているぬいぐるみを執拗にアームで突く。そしてそのぬいぐるみは次第に位置をずれて、取り出し口に落ちる。

「ほら、いけるでしょ?」

「......出禁になっても文句言えないわね」

「まぁ、取れる方にも問題はあるしぃ。って事でこれ」

 ペンギンのぬいぐるみを樋口さんに渡す。

「え、いいの?」

「僕が持ってても、ねぇ?」

「別に良いんじゃない?男の子がぬいぐるみぐらい持っていたって」

「妹にバカにされる」

「千秋くん妹がいるんだ〜、意外」

「え、そう?」

「デリカシーないから」

「失礼だなぁ」

「アンタが悪い」

「えぇ......」

「というか、そもそも妹さんにあげれば良いじゃない」

「僕の妹にこういうのはちょっと......」

「どういう事?」

「前にプレゼントしたんだけど、綿を抜かれて中身が手に入ったことに喜んだから、軽くトラウマなんだ」

「......このペンギンちゃんは私が丹精込めて可愛がってあげるわ」





 その後も、ゾンビシューティングで絶叫しながら協力プレイをしたり、プリクラを撮ろうとして断固拒否されたりしながら、楽しい時間を過ごせたと思う。夕方になる頃には財布にお金は殆ど残っていなかった。それ以上に満足できた訳だけれど。

 帰り道が途中まで一緒だと言うことが判明したので一緒に歩く。

「ねぇ、樋口さんは今日楽しかった?」

「......アンタっていっつも樋口さんって呼ぶわよね?」

「う、うん。なんか悪かった?」

「いや、クラスメイトなのにすごーく他人行儀だなって思っただけ」

「だって変に名前で呼んだりしたら、怒られそうだし」

「はぁー!?そんな事しないわよ!」

 彼女の怒りの沸点がよく分からない。

「じゃあ、なんて呼べば?」

「普通に、琴音で良いわよ」

「こ、ことね......ちゃん?」

「なんか今凄いキモいって思っちゃった」

「ことね様」

 右ストレートが右頬近くで空を切る。

「......ゴメンナサイ」

「分かればよろしい」

 怖いなぁ、この人。

「普通に、琴音でいいの!」

「わ、分かったよ、琴音」

「最初からそうしておけば良かったのに」

「じゃあ琴音も僕の事ちゃんと呼んでよ」

「千秋くん、っていっつも言ってるじゃない」

「いつもはアンタとかじゃん。不平等!そっちも千秋ってちゃんと呼んでよ」

「千秋......くん。って意外と呼び捨てって恥ずかしい!!!」

「でしょー?」

「まぁ、でも。これからは善処するから、だからその......」

「うん?」

「これからよろしくね、千秋」

 彼女の照れ臭そうに差し出した右手。茜色の背景に照らされた彼女はとても美しかった。僕も右手を差し出して、握手する。

「ああ、よろしく。琴音」

 この日を堺に、かなり琴音との距離が縮まった気がする。RIKEで連絡することも増えたし、たまに格ゲーで遊ぶこともあった。

 GPS作戦に動きがあるまで、僕らは一時の日常を楽しんだのだった。

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