消えたでかでかダイヤの謎

カニカマもどき

文化祭前夜

 世の中に面白いものは数あれど、文化祭というのは、その最たるものであろう。


 第27回・御簾照みすてり高校文化祭の前日、放課後。ミステリ研の部室に向かう途中、各クラスや部活の企画準備を眺めながら、俺はそんなことを思った。

 お化け屋敷、メイド喫茶、段ボール迷路、占いの館、DIY工房、森林浴、VR体験、リアル脱出ゲーム……同じようなつくりの、普段ならはっきり言って殺風景な教室に、よくこれだけ多種多様で魅力的な空間を作り出せるものだ。準備が思うように進まず修羅場を迎えている教室もあるが、それもまた活気があって微笑ましい。

 このときの俺は、すぐ後、あんな大変な目に合うことなど想像もしていなかった。



「遅い! 日が暮れちゃったじゃない。遅刻の罰として腕立て5億回」

 空き教室の多い、校舎最上階の隅の方に位置するミステリ研の部室に、場違いとも思える先輩の快活な声が響く。それにしても到着するや否や、絶望的な罰を課せられてしまった。

 黒間くろま先輩は、ミステリ研を4か月前に引退した元部長で、三年生で、バリバリの受験生である。それがなぜ引退後の今も部室にいるのかというと、「勉強ばかりじゃつまんないから」らしい。文化祭準備を手伝ってくれるのは心強いのだが、進路のほうは大丈夫なのかといささか不安になる。

「しょうがないじゃないですか、部長会議が長引いたんですから。大体、俺が遅刻扱いなら、同じ会議に出た静川しずかわも同罪でしょう」

「静川ちゃんは可愛いからいいの」

 なんだこの差は。

 俺は、隣に立つ副部長の静川を見下ろす。話を聞いているのかいないのか、いつもどおりの無言かつ無表情。何を考えているのかさっぱり読めない。


「そんなことより、さっさと準備進めるよ。まずは部室展示の最終チェックから」

 先輩が真面目モードへと切り替わった。今日の部活はここからが本番である。

 俺は部室全体をぐるりと見渡す。

 今年の文化祭も、ミステリ研のメイン展示は、あくまで小説である。部員の自作ミステリ小説と、厳選おすすめミステリ小説の書評。しかしそれだけでは味気ないので、ミステリっぽい装飾を随所に配置しよう、と先輩が言い出した。これを実行に移したところ、だんだんと部員各位の凝り性がエスカレートし、部室展示は、えげつない超大作へと変貌を遂げたのだった。

 まず部室全体としては、殺人事件が起こりそうな妖しい洋館をイメージ。赤い壁紙を貼り、絨毯を敷き、並べた机にテーブルクロスを掛けることから始まり、そこに、手作りあるいはどこかから調達した、柱時計、食器棚、ランプ、花瓶、絵画、かぎ煙草入れ、タイプライター、万年筆、原稿用紙といった家具や小物を続々と追加。さらに短剣、ボウガン、毒薬といった物騒な凶器も見え隠れ。そして、部屋の中央、鍵付きのガラスケース内には、何かしら事件の発端となりそうな馬鹿でかいダイヤが鎮座している。

 部長会議で準備に参加できない日もあったが、その間も先輩、1年の田崎たさきとヤスで着々と進めてくれていたようだ。

 ところで、改めて部室を見て思ったのだが。

「もう展示は完璧、最終チェック完了なのでは?」

「やっぱそう思う? いや、自分でいうのも何だけど素晴らしい展示だよね。特にほら、この暗めの照明を受けたダイヤの影なんか抜群でしょ」

 そう言われ、角度を変えながらダイヤを眺める。窓に暗幕をかけ、照明を抑えているため、部屋は全体的に暗い。そこにダイヤの作り出す複雑な幾何学模様の影がぼんやりと浮かび……確かにこれは良い。もちろん、バレーボールほどの大きさを誇るこのダイヤはプラスチック製の偽物なのだが、それを忘れそうになるほどの貫録である。

「確かに抜群です。さすが先輩」

「でしょう」


「それで、展示チェックの他には何をするんです?」

 他に企画があるとは聞いていない。部長なのに。

「よくぞ聞いてくれた。これだ!」

 バッ、と先輩が右手を上げ、部屋の隅にいる田崎を指し示す。

 ご指名を受け、田崎が披露したのは、見たことのない奇妙なキャラクターの着ぐるみであった。

「何ですかこれ」

「何って、ミステリ研マスコットキャラ、『ミステリ君』の着ぐるみだよ? こちらの田崎ちゃんが作りました」

「私が作りました」田崎がちょっと得意げな顔をする。

 まさかのオリジナルキャラ。展示と並行で、キャラデザインと着ぐるみ製作までやっていたのか。手先が器用な一年だとは思っていたが、ちょっと器用すぎるのでは?

「ミステリ君は、探偵・犯人・被害者の要素を併せ持つマスコットです。頭に被った帽子や口にくわえたパイプは探偵要素、手に持つ包丁や服についた返り血は犯人要素、背中に刺さった包丁は被害者要素ですね」

 可愛い顔してとんでもない設定のキャラだ。

「じゃあ部長、さっそくこれ着て集客の練習をしようか」

「俺が着るんですか」

「だって君のサイズに合わせて作ったから」

「ええ……」

 俺は嫌そうな顔をしたが、本当はちょっと着てみたいのである。


「じゃ、少し歩いてみようか。ヤスが隣について補助するから」

 少し後、俺は着ぐるみ姿になり、おぼつかない足取りで部室前の廊下を歩き始めていた。どうせ部員以外は通らない場所なので、練習にはもってこいだ。

「ミステリ君さーん! こっち向いてー!」

 田崎がえらく楽しそうに声をかけてくるので、手を振ってやる。外からどう見えているか知らないが、想像以上に視界が狭いし暑いし動きづらいしで、中の人は割と気分最悪である。

 そのとき、ふと悪寒を覚えた。先輩は、俺が隙だらけとなったこの状況を狙って、例えばドロップキックなどの奇襲を仕掛けてくるのでは? いやきっとくるに違いない、あの先輩だもの。

 視界が悪いため、聴覚をフル稼働し、先輩の襲来に備える。腰を低く構え、両手を突き出して辺りを警戒。しかし誰かが近づいてくる気配はない。取り越し苦労か…? と考えたそのとき、離れた場所から先輩の声が聞こえた。

「警戒してるね。でも甘いよ。警戒すべきは私じゃない」

 言われて、背筋に冷たいものが走る。しまった、警戒すべきは…

「すいません部長。子どもにタックルされたときの対処も練習したほうがいいということなので……失礼します!」

 丁寧な声掛けとともに容赦のないタックルをかましてきたのは、補助役のヤスであった。

 俺はふっとんで床に転がりつつも、ミステリ君の頭部が外れないよう死守した。


 部屋に戻った俺はミステリ君の頭部をキャストオフし、ようやく一息つく。練習時間は5分程度であったのに、すっかり汗だくで疲労困憊、満身創痍である。

「おつかれおつかれ。一通りの練習はできたんじゃない? 転がったミステリ君をヤスが台車で回収するときの手際も良かったし、言うことなしだね」

 人の気も知らず、先輩はご満悦だ。着ぐるみに弾力があるので痛くはなかったが、あの状態でふっとばされる恐怖を先輩にも味わってほしい。


 そのとき。

「あぁーーーーっ!」

 先輩の叫び声。今度はなんだ。

「ダ……ダイヤがない!」

「……」

 中央のガラスケースを見ると、確かにダイヤが消えている。これは…

「先輩の仕業ですね。俺への挑戦状ですか」

 俺は冷静にそう言い放つ。この人は定期的にこういうことをするのだ。ミステリ研名物といってもいい。

 先輩はダイヤ消失に驚いてみせた演技を捨て、不敵な犯人の顔になって答える。

「話が早いね、その通り。今回の謎解きは犯人当てじゃないよ。ダイヤは、いつ、どうやって、どこに消えたのか? それが今回の謎。たぶんそう簡単ではないけど……君に解けるかな?」

 満身創痍のこの状態で、明日は文化祭が控えているというのに、マジで今から謎解きを始めるのか、と思わないでもないが……しかしそのマイナス要素以上に、この状況は面白い。

「受けて立ちましょう」

 ミステリ研の現部長として、この挑戦は受けねばならない。



「まず前提ですが、先輩は犯人であり、他の部員も共犯の疑いが強いため、目撃証言などは信用できない。よって俺自身が見聞きしたものを元に推理を行います」

 俺は喋りながら、頭の整理と推理の披露を同時に進める。

「最後にダイヤを見たのは、着ぐるみ姿になる前。廊下に出て練習し、ふっとばされ、部屋に戻り、ダイヤ消失を知るまでのわずか5~6分間のうちに、犯行は行われました。別途、下準備はあったかもしれませんが」

 先輩のほうを伺うが、特に発言はないようなので、そのまま続ける。

「消えたダイヤは、バレーボールほどにでかい。運ぶ時間はなく、まだ近くに隠されていると考えられますが、容易に隠せるサイズではありません」

 言いながら室内のテーブルクロスをめくっていくが、当然、そこにダイヤはない。先輩がそんな単純な隠し方をするわけがないのだ。しかし、室内で他にあれを隠せる場所といえば、各部員のカバンくらいである。

「あ、カバンには隠してないから、持ち物検査はナシね」

「言われなくても、無断であさったりしませんよ」

「ついでに、今の推理のことで質問。室内じゃなく、外にダイヤを持ち去った可能性は? 部員以外の共犯者がいて、今も逃走中かもしれないよ?」

「それは有り得ません。教室を出入りするには、廊下にいた俺のすぐそばを通る必要があります。着ぐるみ姿で視界は悪かったですが、あのとき俺は先輩の奇襲に備え、気配の察知に努めていました。犯人が通れば確実に気づきます」

「そんなに警戒せんでも」

 先輩が拗ねてみせるが、無視する。

「あとこれは見れば明らかですが、部屋の窓には光が漏れないよう暗幕をかけ、ガムテープで固定しています。短時間でこれを外し、また痕跡が残らないよう元に戻すのは不可能。よって、ダイヤを窓の外に投げた、窓を侵入・逃走経路に使ったということも考えられません」


 俺は推理を続ける。

「さて、ここまで隠し場所について考えましたが、他にも謎はあります。ダイヤの入ったガラスケースには鍵がかかっており、鍵がなければダイヤを取り出すことは出来なかった。しかし鍵は、俺がズボンのポケットに入れて持ち歩いていたのです」

「なんで持ち歩いてんの?」

 鍵付きガラスケースを用意したのは、企画当初、その中にガチのお宝を入れるつもりだったからである。結局はプラスチック製のダイヤを入れたのだが、せっかくの鍵付きなので、一応鍵はかけておいた。

「ポケットから鍵をスる、針金を使って鍵を開ける、といった手口は本職の犯罪者なら可能かもしれませんが、今回は無理でしょう。合鍵を使用した、という可能性もありますが……先輩のトリックにしてはパンチが弱いし、隠し場所についての謎も残ってしまいます」

 ということは。

「もっと斬新な、鍵や隠し場所の問題を一挙に解決する方法がある……?」

 そんな魔法のようなトリックがあるのだろうか。


「例えば、事件発生前に俺が見たダイヤが、実は風船、あるいはホログラムだった…というのは無理がありますね。じっくりと眺めましたが、あれは風船や映像ではなかった」

 思えば先輩はあのとき、ダイヤがそこにあることを俺に確かめさせたのである。

「とすると……空のガラスケースを用意しておき、ケースごとすり替えたというのはどうでしょう。これなら鍵を開ける必要はない。俺が台車で運ばれる瞬間を見計らえば、気配を察知されず、すり替えたケースを廊下に出すことも出来たのでは?」

「いや、それだと事件前に空のケースを隠す場所がないよ。それにあのケースは重い。台車は使用中だったし、君とヤスを除いた女子三人で運ぶのは到底無理だね」

「……」

「さて、そろそろ推理は打ち止めかな? だったら降参ということで、種明かしに移るけど」

 先輩がニヤニヤと勝ち誇った顔をしている。

 真に遺憾であるが、降参だ。俺はその旨を先輩に伝えた。


「了解。じゃあ静川ちゃん、答えを教えてあげて」

 ここでなぜ静川?

 と思いつつ俺は、事態を静観し続けていた静川のほうを見る。

 静川は、無言でゆっくりと右手を上げ、俺の背後の空間を指さした。

 背後を見る。何の変哲もない廊下があるだけ……いや、そうではない。違和感がある。俺は廊下に出て左右を確認する。そして状況を理解すると、隣の部屋へと歩を進め、扉を開いた。


 そこには、

 部屋の中央、ガラスケース内には、馬鹿でかいダイヤが収まっていた。

 これが謎の答えである。


「なるほど」

 それしか言葉が出てこなかった。

 真相は、つまりこういうことだ。

 俺が着ぐるみ姿でいる間、ダイヤもガラスケースも移動してはいなかった。

 廊下でふっとばされ、台車に乗せられ、もはや方角などわからなくなった俺は、最初に入った部室ではなく、そっくりに装飾された隣の空き教室に運び込まれたのである。二つの部屋の違いは、ダイヤの有無と、室内から見える廊下の景色のみだった。

 他の部員は、何食わぬ顔で俺とともに部屋を移動。俺はそこを部室と思い込んだ。静川は共犯ではなかったが、状況を見て察したということか。

 

「……俺をだますためだけに、こんな大掛かりなトリックを?」

 この装飾だらけの部屋をもう一つ用意するという手間の掛け方は、尋常ではない。

 俺の問いに、先輩は待ってましたとばかりに答える。

「ちっちっち。そうじゃないんだな。これこそが、明日の文化祭におけるミステリ研の隠し企画、その名も『消えたでかでかダイヤの謎』。ターゲット全員に着ぐるみを着せるわけにはいかないし、ちょっとアレンジは必要だけど。今日のリハーサルを見る限り、けっこういけそうでしょ」

 なるほど。わざわざ文化祭前夜にこんなことをしたことにも得心がいった。

 企画段階で除け者にされたり、タックルされたり、騙されたりしたことには少々腹が立たないでもないが……それ以上に、やはり先輩の考えることは面白い。

「さすが先輩」

「でしょう」

 明日は、素晴らしい文化祭になりそうだ。

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消えたでかでかダイヤの謎 カニカマもどき @wasabi014

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