第11話 ほんの気まぐれだった・ノア視点

 その召喚に応じたのは、本当に気まぐれだった。

魔界は常に退屈だ。俺より強い同族はいないし、何をしても心が満たされない。日々生きている事すら退屈に感じていた。

何か心踊る、興味をそそる何かを求めていた時、その魔法陣が現れた。


 その召喚で使用されたであろう者の、血に混ざる少量の魔力の甘い香りに自分でも驚くほど惹かれるのが分かった。

基本的に人間にも魔力はあるが、使える人間は今はもういないと聞く。

長い人生の中でたくさんの魔法陣を見てきたが、こんなにも心惹かれる魔力があっただろうか。

珍しく興奮しているのを自分でも感じ、俺は迷わずその魔法陣に飛び込んだ。



 そして、召喚に応じた俺は今内心動揺している。

俺を呼び出したのは明らかにひ弱な人間の、それもまだ幼い少女だったからだ。


 さらに驚いたのはその少女の見た目だった。

真っ直ぐ伸びたサラサラの銀髪、まるで宝石を嵌め込んだような輝くアメジストの瞳。

精霊のような清らかで凛とした表情。

その少女と目が合った瞬間、その瞳に吸い込まれそうになり、思わず跪きたくなる衝動に駆られた俺は、自分の考えに愕然とした。

なんて女だ……この俺が人間の小娘如きに跪きたいと思うなんて……


 でもいくつか疑問が湧いてきた。

なんでこんな非力な人間の、ましてや成人もしていなさそうな少女に悪魔俺が召喚できたんだと訝しんで目的は何かと問うと、少女は「自由を」と言った。


 意味が分からなかった。

見たところ、とても苦労しているような身なりではない。

綺麗に着飾って何の苦労も知らないような手をしているところからして、いいとこのお嬢様なんだろう。


 全てを自由に出来そうなこの少女が望む『自由』とは一体何なのだろう?

純粋に興味が湧いた。


 彼女はアリアと名乗った。

話を聞いてみると、現在婚約者がいるがその婚約者はアリアの従姉妹と愛し合っているのだそうだ。

自分が婚約者でいる限り、二人が結ばれる事は決してない。

だから二人が結ばれるようにしたい、そして私も愛し愛される幸せな人生を歩みたいとアリアは言った。


 彼女の瞳は不思議だ。

吸い込まれそうな、全てを見透かすような不思議な瞳をしていた。

自分の置かれている状況を決して諦めない、例え俺悪魔に縋ったとしても……


 そして、対価を支払うのは二年だけ待ってほしいと条件を提示してきた。

もし二年経って、運命の相手を見つける事が出来なかったら、潔く俺のものになると。


その言葉を聞き、カッと身体中が熱くなった。

自分の心臓の音がやけに大きく耳に響き、うるさいくらい音を立てている。


この女が欲しい。

アリアが自らの口で俺のものになると宣言プロポーズしてきたのだ。俺は無理強いはしてない、決して。

二年後、俺のものになるとこの少女から言ってきたのだ。ならば遠慮する必要はない。必ず俺のものにするだけだ。


 今から二年後が待ち遠しい。

悪魔にとっては人間の二年なんて一瞬だ。ただ、このアリアと過ごす二年は特別なものになりそうだと、久しく動かなかった心が弾む感覚がし、俺は自然と笑っていた。


「いいだろう。お前の願い、この俺が必ず叶えてやる」




俺はその日、この人間の少女に永遠に囚われるのだと本能で悟った——

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