第8話 魔王ちゃん、お昼に語る。
「だからさ~、僕はもう少し愛されるべきだと思うの」
午前の授業が終わり、お弁当を持って食堂へとやってきた僕とミーシャだけれど、座席へ座ってすぐに僕はミーシャに頬を膨らませて言い放つ。
可愛い幼馴染が愛を欲していますよ。
「はいはい、十分愛を持って接しているわよ」
「ミーシャの愛情からは殺意しか感じないんだけれど」
「それがきっとあたしの愛情の形なの、よ……そうね、そうよね」
話の途中でミーシャが考え込んだ。
僕は首を傾げて弁当箱を開けると、そのあまりにも出来の良い可愛らしい中身につい「まっ」と声を上げる。
「あ~、今日も最高の出来だよぅ。ねぇねぇミーシャ、今日のお弁当も美味しそうで最高に可愛いお弁当が出来たと思わない? 新聞部に今日の魔王ちゃんのお弁当って企画を持ち込んだら毎日載せてくれるかな」
「新聞部?」
この世界には新聞なんてものはなく、そもそも情報は個人の財産という思想が強く記録するという習慣がない。重要な機密や約束事は、ガズリルという紋章及び詠唱術型に分類されるギフトを持った人が、言葉や感情を閉じ込める特殊な術を用いて他人へと伝えることが主流となっていて、伝記などの娯楽本は存在すらしていない。
まああまり文明レベルについてどうこう言っても仕方がないと改めて弁当箱を見る。
「その日の出来事や事件を紙に書いて他の人と共有する人たちのことだよ。ほらほらミーシャ見てよこのネコ――ノルスを模った最早芸術の域にある素晴らしきおかずを」
野菜や燻した肉、所謂ベーコンなどを用いて形作ったキャラ弁を自信満々にミーシャへと見せる。
「はいはいそおね」
しかし哀れにもおかずノルスくんはミーシャが持っていた木製のフォークによって一突きされ、彼女の口の中に運ばれていった。
「あぁあぁあっ! おかずノルスくぅん!」
「うっさいわね、食事時くらい静かにしなさいよ。というかその日の出来事なんて書いてどうするのよ。他人の人生に構っていられるほどの余裕はないわ」
「……もうちょっとかわいがってくれてもいいじゃん。え~っと、良いミーシャ、他人の人生に興味があるかないかではなく、他の失敗や成功から参考になることもあるって言ってんの。ミーシャだってもし他の聖女のギフトを持った人がコツとかを書いた書物とかあれば、真似するかは別として参考には出来るでしょう?」
「まあ、確かにそうかも。でも自分の頑張りをわざわざ残す奴なんていないわ。それこそせっかく努力したのに、他の奴が努力しないなんて癪じゃない」
「その結果、戦力も下がって僕みたいに頭の良い魔王に滅ぼされても良いと?」
「む……」
フォークを咥えて押し黙るミーシャ――なにあれ可愛いな、僕も試してみよう。
と、フォークを咥えて顔の角度などを研究していると背後から「クスクス」と笑い声が聞こえて振り返る。
「ああ失礼」
そこにはヘリオス先生が昼食の乗ったトレーを持ったまま立っており「相席いいだろうか」と有無を言わせずにミーシャの隣に腰を下ろした。
「先生、さっきはごめんねぇ」
「構いませんよ、普段の授業態度はすこぶるいいですからね。それにしても中々興味深い話をしていましたね。後の世に残す書物、ですか。こういう教育の場では特に必要かもしれませんね」
「ですよね。特に特質指定型のギフトなんて数が少ないから、絶対に書物に残した方が良いと思うんですよ。いつかの対策にもなるし、それを目指す人の道しるべにもなる」
「魔王を目指す奇抜な者がこの後の世にも現れないことを祈ってはいるけれどね。まあもし現れた時のために授業中君が書き記している紙も残しておくべきかな」
「あれはただの授業ノートなので、先生が話してくれた内容しか書いてないですよ」
「本当に優秀な魔王様ですね、私的には君を教育者に推薦したいくらいには頭も良い。魔王に対し、魔王でなければとこれほどまで悔やむ日が来るとは思いませんでしたよ」
きっとこれは先生なりの褒め言葉なのだと思う。皮肉めいた風に言ってしまうのは癖なのだろう。
けれど、そんな褒め方じゃ僕は喜びません。
僕はずいっと先生に顔を寄せて口を開く。
「先生、褒めてくれたんだろうけれど、それじゃあだめです。僕を褒めるんなら可愛いって言ってください」
笑顔で言う僕に先生が一度だけ眉をひそめたけれど、すぐに柔らかく微笑みクスクスと声を漏らした。
「ええそうですね、随分と可愛らしい魔王様だ」
僕が満足して胸を張ると、先生が一瞬だけミーシャに視線を向けたのがわかる。彼女はどうにも借りてきた猫のようになっている。
「ああごめんなさい先生、ミーシャったら人見知りだから」
「いえ、お邪魔したのは私ですから。失礼したミーシャ=グリムガント」
ふるふると首を横に振って、こじんまりとして弁当を口に運んでいくミーシャに多少の嫉妬心を覚えながらも、苦笑いで場を濁す。
「まあすぐにこの子も慣れますんで」
「君があまりにも特殊すぎるという話ではあるんだがね。うん?」
先生も苦笑していたのだけれど、ふと辺りが騒がしくなり、周囲の視線が僕たちに向けられたために首を傾げる。
「おや、これはこれは」
「先生、どうかしました?」
先生がひどく面倒臭そうな顔をしたために、何事かと尋ねようとしたが、息を切らして駆け込んできたクラスメートである女子生徒が間に入ってきたために、そちらに目を向ける。
「りょ、リョカさん、すぐにこの場を離れて――」
「魔王はここか!」
「はい?」
まだ幼くも見える顔立ちをした男性が突然そう声を上げて近寄ってきた。
「……勇者様の登場か」
先生のその呟きに僕は察して、げんなりと肩を落とす。
そりゃあいるわな。と、これから面倒なことが起きると和やかな昼食時間が終わることに僕はため息を吐かずにはいられなかった。
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